12月から火曜日の前半(19:30から) にドイツ語講読が始まった。
シュペングラーの『西洋の没落』Der Untergang des Abendlandesは手元にある原書( Anaconda社のもの)で1471ページに及ぶ大著だが、 その序文Vorwortと緒論Einleitungを読み解くこ とを当面の目標としている。
序文はシュペングラーが自身の著作をどう考えていたかが書かれて あり、緒論は彼の歴史哲学が述べられている。
今月は序文を読了した。 第一次世界大戦中の1917年12月に書かれた第1巻初版の序文 、ドイツの敗戦後に書かれた1922年版の序文の二つである。
シュペングラーが1922年に序文を書き直しているのは、 第1巻が出版されるやいなや大きな反響を呼び起こし、 否定的な反応も少なくなかったのでそれらに応答する必要があった ためである。
また、『西洋の没落』が歴史哲学であるとともに「 歴史をあらかじめ定める」Geschichte vorausbestimmen試みでもあるため、 第一次世界大戦という歴史的大事件の後で、 戦時中の自身の議論に対する立場を表明する必要があったからでも あろう。
第1巻初版の序文において、シュペングラーは『西洋の没落』を「 大きな一時代に対する注釈」ein Kommentar zu der großen Epoche、「ある程度自然で、 万人によってぼんやりと予感されている時代の哲学」die, gewissermaßen natürliche, von allen dunkel vorgefühlte Philosophie der Zeitといった表現で特徴付けている。 彼はこの著作を時代の要請―― ヨーロッパ協調の破局であった第一次世界大戦を引き起こした、 不安に満ちた時代に将来の展望を与えるという要請――に応えない講壇哲学ではなくて、 ニーチェを継承する生の哲学であると考えていた。
1922年版の序文では、彼が大戦後もこの著作の内容を「 真理である」と確信しているばかりでなく、 執筆後の事態は自身の見解の正しさを一層明らかにしていると考え ていたことが分かる。
なお、ここで「真理である」wahrとは、 シュペングラー自身にとっての真理であるとともに、 来たるべき時代の指導的精神にとっても真理であるとしている。「 即自的に真理である」wahr an sichようなものはないと彼は主張した。 断定的な文体にもかかわらず、 彼はある種の相対主義者だったようで、 緒論ではヨーロッパ中心の古代-中世- 現代という歴史観に代わって比較形態学の歴史哲学を発見したこと を、コペルニクスによる地動説の発見になぞらえている。
シュペングラーがゲーテから受け継いだとしている類比による「 形態学」Morphologieという方法、 西洋文化を含むあらゆる文化が文明へ移行して没落するという彼の 歴史哲学は1月以降に緒論を読む際に詳細に扱う予定である。