ギリシア語講座では引き続き『エウテュプロン』の講読をしています。
プラトンの原典を講読していると、翻訳ではわからないソクラテス(プラトン)のユーモアに気づかされることが多々あります。
最近の講義の中で興味深かったものを紹介いたします。
以下は、ソクラテスの対話相手であるエウテュプロンが、自分の父親を訴えようとしていることを明かす場面です。
ソクラテス「誰を〔訴えるのだ〕?」
エウテュプロン「その人を訴えることで、私がまたおかしくなったと思われてしまうような人です。」
ソクラテス「誰なのかね?誰か空を飛ぶ者でも訴えるのか?」※
エウテュプロン「いやいや、空を飛ぶことからは程遠いですよ、彼は非常に年を取っているので。」
ソクラテス「それは誰なのだ?」
エウテュプロン「私の父です。」
(〔〕内は記事筆者の補足。)
※を付したソクラテスの台詞は、何が言いたいのか、意味がよくわかりません。
該当箇所のギリシャ語原文は次のようなものです。
Σωκράτης: τίνα;
Εὐθύφρων: ὃν διώκων αὖ δοκῶ μαίνεσθαι.
Σωκράτης: τί δέ; πετόμενόν τινα διώκεις;※
Εὐθύφρων: πολλοῦ γε δεῖ πέτεσθαι, ὅς γε τυγχάνει ὢν εὖ μάλα πρεσβύτης.
Σωκράτης: τίς οὗτος;
Εὐθύφρων: ὁ ἐμὸς πατήρ.
問題のπετόμενόν τινα διώκειςは、直訳すれば「空を飛ぶものを追いかける」で、「無駄な苦労をする」という意味の諺なのです。さらにδιώκω(διώκειςの原形)という単語は「追いかける」という意味なのですが、古典ギリシア語では訴訟を戦車競争に喩えて、「訴える」を「追いかける」、そして「訴えられる」を「逃げる」と表現しました。つまりこの台詞はソクラテスの洒落なのでした。するとこの場面では、そういった洒落に対しても真面目に返答しているエウテュプロンの頭の固さが滑稽に描かれていることが分かります。
こうしたプラトンの表現の妙は、原典でしかわからないものです。
(田中)