ナポレオンのエジプト遠征とヒエログリフの解読、中近東での発掘調査と「アッシリア学」の創始といった19世紀の人文学の成果によって、ホメロスから始まっていた世界史が、シュメール、バビロニア、エジプトなどを含んで2000年以上延長されたことは、世界史講義ににおいてロゼッタストーンや楔形文字の史料を目の当たりにして実感したことであった。
年代的にも地理的にも歴史の範囲が拡大しているのに、「西洋近代」を中心とする啓蒙時代の図式が「世界史」として流布していることにシュペングラーは疑問を呈しているのであり、この歴史観の転換を迫られているということが『西洋の没落』というタイトルの意味ではないだろうか。
新発見が社会通念となっている図式に抵触するときに、それを有機的に位置づけることができる新しい図式を見出そうとする知的な営為が生ずるのと同時に、旧来の図式を守るためにその営為を排斥しようとする反動もまた――主として旧来の社会通念の上に胡座をかいている聖職者階級から――生ずる。
シュペングラーが旧来の図式を天動説に、自分の歴史観を地動説になぞらえたのもそのためだろう。思えば今日の歴史学においても、第二次世界大戦を描く旧来の図式では、ヴェノナ文書などの新発見を有機的に位置付けることができず、在野の歴史研究者の間では新しい図式を見出す知的な営為が盛んに行われている。一方で、現代の聖職者たる公的機関の「歴史学者」たちはこの営為を「修正主義」として拒絶し、日本の官僚や政治家の日記を収集することをもって歴史を見通したと主張している。
シュペングラーをパラフレーズすれば、現代の思想状況は「戦後レジームの没落」であろう。
(阿部)
緒論§7 予習メモ
緒論§7の冒頭の段落を訳出する。
「古代-中世-近代」という図式は、最初の構想においてはマギの世界感情の創作物である。それはキュロス以来のペルシャとユダヤの宗教において最初に現れ、4つの世界の年代についてのダニエル書の教えにおいて黙示録的な理解を受け取り、東方のキリスト教以後の宗教、とりわけグノーシスの体系においてひとつの世界史に形作られた。
一神教の形成と発展については、エジプト起源説とペルシア起源説、聖書翻訳などを原典世界史で重点的に扱った。そのため、「古代-中世-近代」の図式がゾロアスター教のマギに始まってグノーシス思想において発展した、といった話も僕には全く難解に感じることがない。ダニエル書における終末論も、先生の『バルタザール考』を読んだときに学んだことである。
原典研究所に通っていなければ、この文章に直面したときに怖気づいてしまったに違いない。テクストの著者が前提とする教養を持って初めて、対等の気構えで読解し、咀嚼して自らの血肉とできるのだと実感した。