『原典黙示録』第33回(11/14) 講義録

『原典黙示録』第33回 講義録

田中大

今回の講義ではまずユダヤ教聖典のデジタルライブラリーSefariaが利用され、ユダヤ教諸聖典の概説がなされた。

ユダヤ教の聖典のうち基礎となるのは「タナハ」(旧約聖書)であるが、これは「トーラー」(教え)、「ネビーイーム」(預言者の書)、「ケトゥービーム」(諸書)からなる。これらは無論ヘブライ語で記述されていたのだが、バビロン捕囚後にはすでにユダヤ人たちが日常で用いる言語はアラム語に変わっていたため、礼拝の際に一般のユダヤ人もその内容を理解できるよう、聖書のアラム語訳であるタルグムが作成された。また、トーラーは広義にはタナハに含まれる成文のトーラーに加えて口伝のトーラーをも含むが、これらに対する解釈を基礎として作られたより実用的な法規範は口伝によって継受され、後にミシュナとして集成される。このミシュナとそれに対する注であるゲマラを纏めたものがタルムードである。こうしたテクストが成立する過程で生じたものも含めて、タナハやタルムードに対して付けられた膨大な注釈はミドラーシュと呼ばれる。そして以上の聖典や古くからの慣習などに基づいて形成されたユダヤ教徒の行動指針をハラハーと呼ぶ。12世紀にマイモニデスが著した聖典『ミシュネー・トーラー』(第二のトーラー)や、16世紀に著された問題の『シュルハン・アルーフ』もこのハラハーに分類される。

成文トーラーが成立した時代のユダヤ人たちは彼ら自身の共同体において生活していたのであるから、古代のユダヤ教聖典はユダヤ人同士の間に生ずることがらにだけ言及していれば事足りた。しかし長いディアスポラの中で、彼らは異教徒(ゴイム)と共に生活せざるを得なくなった。ゆえに中世以降の聖典には、異教徒についての言及がみられるようになる。そして先生が指摘するのは、こうした箇所こそ、例の「アジェンダ」の根拠となっているということである。

前回の講義で明かされたように、この「アジェンダ」を支えるのが共産主義と資本主義という二つのイデオロギーであるが、今回先生が示したのは、これらの関係を理解するためには、二種類の資本主義の区別――産業資本主義と投資資本主義――を理解せねばならないということであった。まず産業資本主義はウェーバーが分析した如く、プロテスタンティズムの倫理を根源とする勤勉な生産の思想である。しかし、こうした産業資本主義はフランス革命期を境に、生産を主軸としない投資資本主義へと変化していった。正確にはこの投資資本主義こそが、共産主義と互いに裏から支え合って成立しているところのイデオロギーなのである。ではフランス革命期に何が起きたのか?それは今回までの講義で先生が解明したことから自ずと浮かび上がってくるはずである。

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佐藤さんが前回の講義の際に先生に紹介したSefariaにより、全てのユダヤ教聖典の本文を講義で実際に参照することが可能となったのであるが、これにより後日、先生によって件の引用の箇所にあるヘブライ語原文が突き止められた――デジタルツールはアナログ式検索という揺るぎない土台の上で利用されることによって初めて最大限の威力を発揮するものだ――。そしてあたかも三村さんによって問題の引用は、モルデカイ・モーゼ著、久保田政男訳『日本人に謝りたい』という書籍からの孫引きであることが明らかにされたのである。手掛かりは愈々出揃った。次回の講義において、件の引用を中心として巡ってきた一連の講義に、最後の睛が描き入れられることとなるであろう。

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