ラテン語講座(2020年11月20日)
中垣太良
10月後半から11月中旬にかけて、動名詞・動形容詞を重点的に扱いました。この項目は初学者が躓きやすい文法事項の一つの山場であるばかりか、実際の原文読解の上でも極めて重要なポイントの一つです。学習上の配慮から、普段使っている呉茂一『ラテン語入門』――定評ある文法書ですが、語法にも踏み込んだ簡潔かつ高度な記述で貫かれていて、一読しただけでは理解が難しいことがある――に加え、独学用に平易な説明で書かれた小林標『独習者のための楽しく学ぶラテン語』が参照されました。
動名詞(Gerundium)とはその名が示すように、動詞を名詞化する際に用いられる形式です。ラテン語の動詞の名詞的用法には、他に不定法(infīnītīvum)があります。例えば動詞amō「愛する」の不定法はamāre「愛すること」です。ただし、不定法は主格と対格以外の格形には使えません。それ以外の格形を表すときに不定法の代役を務めるのが動名詞(Gerundium)なのです。
動名詞は、動詞の語幹に-ndumを付加して作られます(例:amandum)。単数中性名詞扱いとなり、その変化形は第二変化名詞と同様です。属格・奪格のときに対格目的語をとることができること、副詞を伴えることが特徴です[1]。
一方、動形容詞(Gerundīvum)とは、動詞を形容詞化する際に用いられる形式のことです。これだけ聞くとシンプルに聞こえますが、実は動形容詞は印欧語族でもラテン語特有の文法事項――ギリシア語やサンスクリット語にも似た項目名はありますが、ラテン語のものとだいぶ異なります――であり、きちんとその用法を理解する必要があります。動形容詞の語形は動名詞と非常に似ていますが、形容詞なので修飾・叙述する名詞と性・数・格を一致させる必要があるほか、目的語を取ることができないという点が異なります。変化形は第一・第二変化形容詞と同様です。さらに、元々の動詞の意味に加え、「〜するべき」「〜されるべき」というmodalな意味が付加されることに注意せねばなりません。
両者の関係で最も重要なのは、「名詞を修飾する動形容詞は動名詞の代用としてしばしば用いられる」ということです。例えばラテン語で「国家(rēs pūblica)を支配したいという欲望(lubīdo)」は、動名詞を用いるとlubīdo rem pūblicam capiendīと表されますが、これはlubīdo reī pūblicae capiendaeのように動形容詞で代用することができます。文法的なまとまりを角括弧([ ])、修飾関係を矢印(←)で示すと以下のようになります。
lubīdo←[(rem pūblicam) capiendī] [(国家を)支配することの]→欲望
lubīdo←[reī pūblicae←capiundae] [支配されるべき→国家の]→欲望
前者では動名詞capiendīが目的語rem pūblicamを伴って句を作り、lubīdoを修飾しています。一方後者では動形容詞capiundaeがreī pūblicaeを(性・数・格を一致させ)修飾することで句を作り、lubīdoを修飾しています。構造に忠実に訳出すると、両者は違った意味に見えるかもしれません。ですが先述したように、前者も後者も同一の意味で用いられるのです。
教室では以上の文法的説明を受けた上で、辞書と文法書を頼りに自力で例文の訳を作ってみたのち、先生による解説を受けるという「実践的」講義が行われました。キケローの一文を例にとって、解説を紙面で再現すると、以下のようになります。
Beātē vīvendī cupiditāte omnēs incēnsī sumus. (キケロー『善と悪の究極について』)
まず主動詞を探すとsumus(sumの直説法現在1人称複数)が目につく。主語はomnēs(形容詞omnis「全ての」の複数主格。転じて名詞的に用いられる)だろう。これらがincēnsī(incendō「火をつける;煽る」の過去分詞)と結びついて、受動態の完了形を表していることがわかる。以上から「私たちは皆、煽り立てられた」という文の骨格が見える。
残る文中要素に目を向ける。cupiditāteはcupiditātis「欲望」の単数奪格形である。vīvendīはvivō「生きる」の動名詞・属格であり、副詞Beātē「幸福に」を伴って属格句「幸福に生きることの」を構成し、cupiditāteを修飾する。したがって、Beātē vīvendī cupiditāteは「幸福に生きることの欲望によって」という副詞句であり、後半部の動詞句incēnsī sumusを修飾していることがわかる。よってこの一文は「幸福に生きるという欲望によって、私たちは皆煽り立てられた」と訳せる。
このように、文中の個々の要素の変化形を同定し、各要素の関係を見出し、文の骨格を見定めていくことをparsing(=語形分析[2])といいます。ラテン語は語順の自由度が極めて高く、それが読解時の障壁になることがしばしばあります――例えば関係代名詞quīの先行詞が、quīより後ろの位置に存在するということもよくあるのです――。そのため初学者にとってこのparsingの作業は欠かせません。自宅なら予習にいくらでも時間をかけられますが、教室で制限時間を設けて訳を作ったことで、自分の文法的知識の習熟度がどれほどのものか自覚することができました。
先生がよくおっしゃるように、「語学はテクストが読めるようになって初めて意味がある」のであり、テクストを自力で読む読解力をつけることが、学習者にとっての ‘agenda’ ――「なされるべきこと」――にほかなりません。そして、正確な文法的理解に裏打ちされてこそ読解力は強固になり得ます。parsingの作業を積み重ねていくことが、地道なように見えてラテン語習得への一番の近道であることを、ここ数週間の「実践的」講義を通じて実感している次第です。
[1]‘Singing a song happily’のように、他言語でも動名詞が目的語や副詞を伴う例は容易に想起されるでしょう。
[2]parsingはしばしば「構文分析」と呼ばれることもありますが、これは近年になってプログラミングの分野で出現した呼称です。