『原典黙示録』講義録 第34回
田中大
件の引用について、『シュルハン・アルーフ』「ホッシェン・ミシュパット」第348章が講義の中で実際に参照された。Sefariaにはそのヘブライ語原文全文が収録されており、英文はその冒頭の一部にのみ付されている(以下のページを参照:https://www.sefaria.org/Shulchan_Arukh%2C_Choshen_Mishpat.348.1-2?lang=bi)。しかし、この箇所の内容と引用文の内容とは一致していないのであった。先生は引用の典拠が本書に対して付された大量の注釈の中に含まれている可能性もあることを示唆し、ここで探究は無事終了した。原典式文献学により、今や十分な成果が得られたからである。この成果には無論この一連の探究過程の体験そのものも含まれる。それは結論よりもはるかに大きな意味をもつ。
ヨーロッパ文化は魂と直接に結び付いた音声としての言葉を重視するが、セム文化、殊にユダヤ文化は、書かれた言葉を重視する。これは今までの講義に登場した大量のユダヤ教聖典のテクストの重たい沈黙がすでに十分物語っているが、もちろんそれらさえも歴史を通じて蓄積されてきたテクストのごく一部に過ぎない。この膨大さは彼らが聖典を一字一句たりとも変えることを認めないために、それらをありのまま正確に伝承してきたこと、そして不都合があればそれらに対して注釈を付すことで補ってきたことによる。この精神は『ピルケ・アヴォート』冒頭の一句にも現れている。
記述の内部へ一心不乱に突き進むその内向的文体に従い、私たちはユダヤ教聖典の中へ深く潜水してきた――この潜水は、今回の講義の中で言及された『創世記』冒頭のbereshitの翻訳(『おんぱろす』《§. II-[k]》)と同等の記述論的〈正確性〉に則っている――。そしてこの深みは、現実には移住者であるユダヤ人と現地のヨーロッパ人たちとの精神的断層として顕現した。これこそエーコが描いたものであった。
件の引用に導かれて、本講義の探究は暫時本文のレールを離れ、円環を描いてユダヤ教聖典と現代の世界をまとめて一巡りしたのちに、再びレールの元の位置に戻った。今や私たちは『プラハの墓地』を読解するための次なるスタートラインに立っている。この「三部作」の講義を経て、私たちはまた元の場所に立ちながらも、その読解体験の重量に耐えうる脚力を得ていることを見出す。成熟とはこういうものだ。