ラテン語講座(2020年11月27日)
嶋村 龍之介
一般的に、ある対象に遭遇した際、その対象から何を汲み取るかにその人の力量があらわれると言えるのではないだろうか。
たった四語からなる一文から、簡潔かつ重厚な文体を持つラテン語の性質も相まって、様々なことが示されたのが今回の講義であった。
taedet mē pigritiae tuae.( 呉茂一『ラテン語入門』練習問題24.Aの一文目)
という一文が参照され、そこから非人称動詞や人称代名詞や所有代名詞といった文法事項に留まらず、辞書の引き方といった語学一般についても言及がなされた。
まず、一語一語の文法的性質について。
taedet は「飽き飽きさせる」という意味の非人称動詞である。非人称動詞とは、特定した主語をもたず主として三人称単数形で使用される動詞のことであり、英語ではIt rains.のrainsの部分にあたる。(Itが存在しないのがラテン語の特徴であり難しさでもある)It rains.のrainsがラテン語の非人称動詞に対応することからもわかるように、ラテン語における非人称動詞は自然現象をあらわす動詞も含まれ、人倫や感性に関する動詞と自然現象をあらわす動詞の二つに大別される。
mēは一人称の人称代名詞egōの単数対格である。
pigritiaeはpigritiaという女性名詞の単数属格であり、「怠惰、いや気、気が進まないこと」を意味する。
tuaeは、二人称単数に対応する所有代名詞tuus,a,um「君の〜」が、単数属格の女性名pigritiaを修飾するために女性形の属格となった形である。ラテン語における所有代名詞は形容詞と同じ働きをする。ここで注意しなければならないのは、人称代名詞の属格と所有代名詞の属格の違いである。人称代名詞の属格は「〜ことについて」という意味で用いられるのに対して、所有代名詞の属格は所有をあらわす。英語で表記するならば人称代名詞の属格はShe reminds him of me./She is proud of me.のof meにあたるもので、my bookのmyという所有格とは性質が異なる。
次に、語句間の関係について。
taedetが「飽き飽きさせる」という意味の動詞であり、飽き飽きさせられる人はだれか?ということが意思伝達上必要になることを考えれば、それがmēという対格で表現されていることが推察される。こうしてtaedet mēのつながりが見えてくる。
そして、この文におけるpigritiae tuaeの働きである。所有代名詞は形容詞と同じ働きをし、pigritiaeとtuaeの性と数と格が一致しているので、pigritiae tuaeで「君の怠惰」となることは比較的容易に判明する。問題なのは、pigritiae tuaeはどのような役割をこの文で果たしているのか、何故属格なのか、である。鍵はtaedetという動詞の性質にある。呉茂一『ラテン語入門』の§371によれば、感じる人は対格で表示され事由は属格によって表示される、とある。この一文の場合、感じる人はmēという対格で表示され(上記の推察が正しいことが明らかとなった)、事由がpigritiae tuaeという属格で表示されていたことになる。
よって、訳は「君の怠惰で、私は飽き飽きしている」となる。
最後に、辞書を自由自在に操ることの難しさと重要性が言及された。今回の疑問は、手元に入門書がありその入門書に記載があった為、解決した。が、毎度そのように解決するとは限らない。このような語句同士の関係について、豊富な記載があることは、辞書の重要な性質の一つであり、辞書が独学者の強い味方たる所以なのである。辞書は語句の意味を掲載しているだけではない。辞書を自由自在に扱うことは、語学に習熟していることの証に他ならない。