講義紹介 2017/09/09(土)

今回の世界史講義では、「シルクロード」を超えるより大きな世界史の単位としての「ユーラシア」をあらためて概観したうえで、そのなかでのアナトリアの位置づけが確認されました。以前の講義で印欧語族の由来を訪ねたとき、ヒッタイトが一つのトピックとなりましたが、そこからの繋がりが今回確かめられた形になります。

ヨーロッパのなかで見たとき、西ヨーロッパの歴史は比較的新しいもので、新約聖書の世界はギリシア語圏、東地中海を中心とするものでした。これがビザンツとなる地域です。ビザンツ帝国の時代には文字を持たなかったスラヴ人へのキリスト教布教が課題となりましたが、現在にいたるスラヴ世界を形作ったのがこのビザンツの働きでした(ちなみにこの点に関して、『過ぎし年月の物語』というロシアの成り立ちを描く文書(古代ロシア語)が紹介されました)。そうすると、その中心に位置したアナトリアとはそもそもなんだったのか、どういう世界史的な位置を占めていたのか、ということが関心になります。

アナトリアに分布したヒッタイト語の存在は、前回の講義で見たようにクヌートソンによるアルザワ語の発見から確認されていくにいたりますが、既に紀元前15世紀前後から、ここが東西をつなぐ地であったことを示しています。この点に、シルクロードを超える世界史的俯瞰を可能にするような土台が準備されていた、と言えるかもしれません。

世界史講義ではまもなくスラヴ圏を扱うことになりますが、そこでも引き続き「ユーラシア」の布置をつねに意識しつつ講義が展開されると思われます。

(宮田)

 

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