『原典黙示録』第37回(12/12) 講義録

『原典黙示録』第37回 講義録

田中大

「黙示録」とは危機の時代に語られるものである。この『原典黙示録』もそうであるが、かつてのプレスター・ジョン伝説もそうした黙示録的伝承の一つに数えられる。この伝説は12世紀頃に生じ、やがてヨーロッパがイスラーム勢力の脅威に晒される中で、東方のキリスト教国の国王プレスター・ジョンがキリスト教世界の危機を救いにやってくるということが信じられるようになった。この伝説はモンゴル帝国の侵攻などの影響も受けつつ脈々と語り継がれ、ルネサンス期頃にエチオピア帝国がキリスト教を信仰する国であるということが明らかになると、エチオピア帝国こそがプレスター・ジョンの国であると考えられるようになり、このためにヨーロッパ人による活発なエチオピア研究が行われた。今回の講義ではエチオピア正教会で用いられてきたゲエズ語訳聖書の実物が参照された。

しかし、『原典黙示録』は危機の時代に、ただ現代のプレスター・ジョンを待望することを伝えるのではない。最終的に救われるのは自らを救うことができる膂力をもつ者だけである。そのために先生が『プラハの墓地』の注釈という形で語ることは、本質的には「われわれは何をなしうるか[/なすべきか]」ということに帰着する。その言葉は体制のための空虚な言辞とは一線を画したリアリティをもつ。リアリティをもつということは、現実に働きかける威力を有するということである。「知は力なり」Scientia potentia estという言葉は、それを発した当人の研究にではなく、このような探究にこそふさわしいと思われる。これをより正確に言い換えるなら次のようになるだろう。

「〈知〉は力なり」

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