『原典黙示録』第51回(4/24) 講義録

『原典黙示録』第51回 講義録

田中大

200回の講義の重量を身に帯びながら、私たちは再び『プラハの墓地』本文へと降り立つ。先生によれば、『プラハの墓地』という小説はそれ自体が「現実の異化」である。この作品において、現実は偽書『シオン長老の議定書』の架空の作者シモーネ・シモニーニから見た世界として異化されており、そしてそうすることによって、エーコは近現代史の最重要の論点を浮き彫りにしている。しかし、そのような仕方で描き出される世界は、エーコ自身がそれに対していかなる態度をとっているかということが完全に秘匿されているために、無色透明な媒体の中に宙吊りになっているかのごとくである。この小説はそれを読者が追体験し得る形で直接的に提示する。

そうであるならば、この作品を読むことで読者は何を要請されるのか。この作品の真の読者となること、すなわち、この本に自ら語り返す言葉をもち得る形でこの本を読解すること、それは直ちにそこにおいて描き出されている世界に対して何らかの立場を選択することを意味する。そうなればこの本に対しては誰も中立であることはできないのである。そして、本書を読み終えた読者が現実世界へと目を向けたときには、この作品に描かれている世界についての読者の態度決定は、そのまま現実世界への態度決定となる。先生の言葉を借りるならば、この本を読む行為それ自体がアンガージュマンたり得る、ということになる。

今や古代世界の言語史・宗教史・文化史を描き出した『世界史概説』は――直接的に政治史を対象とする探究でなかったにもかかわらず――新たな意味を帯びて、政治的領域における根本問題を提示することとなった。ここまで来れば、私たちは単なる観想者ではあり得まい。一人の実践者として、世界に立ち向かわねばならないのである。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です