『原典黙示録』第52回 講義録
田中大
『プラハの墓地』には、本編に対してメタ的な視点から作者によって付け加えられた文が三つある。本文の前に置かれたエピグラフ、そして「博学ぶった無用な説明」という謙ったタイトルを付された後書きに含まれている「史実」と「物語と筋」である。この三つの文に対する理解を抜きにしては、本書の読解は不可能である。
エピグラフは、エーコがC・テンカの『犬の家』La cà dei caniの言葉を引いてこの小説の中に「主要な事柄から読者の目を逸らす」仕掛けを施していることを宣言する、読者へ宛てた挑戦状である。これまでの講義での探究は、この「主要な事柄」をつかみ取るために進められてきたということになる。
「史実」においては、主人公シモーネ・シモニーニが架空の人物であることを除いて、この小説がほとんど史実に即した形で書かれていることが述べられている。先生の洞察によれば、エーコはこの作品の主題である『シオン長老の議定書』の成立事情に関しては、N. Cohn, Warrant for Genocideを参照しており、またこの作品の最重要の登場人物であるフロイトの細かな伝記的事実に関しては、E. Jones, Life And Work Of Sigmund Freudが作品内の記述の土台となっている。エーコはこれらの研究に依拠することにより、この作品を現実の歴史の中に確かに位置付けて、それを単なるフィクションとは一線を画した〈メタ・ノン・フィクション〉に仕上げたのである。
「物語と筋」はこの小説の構造の種明かしである。ここでエーコは、物語storyと筋plotの違い、ロシア・フォルマリストの言うファーブラфабулаとシュジェートсюжетの違いについて言及している。今回の講義ではこの記述を受けて、ロシア・フォルマリズムについての解説がなされた。先生によれば、ソヴィエト連邦体制下においては、社会主義リアリズム以外の芸術理論が認められなかったことから、文学作品の内容について批評することが不可能になったという事情により、当時の文学研究者たちは文学作品の形式を問題とするほかなくなったのであるが、そこで誕生した文学批評理論がロシア・フォルマリズムなのであった。
上記の術語について、エーコの解釈に基づき定義するならば、時系列に沿って直線的に出来事の継起を語ったものがファーブラであり、回想を交えるなどして重層的な構造で出来事を語ったものがシュジェートである。エーコは、この作品の本編であるところのシモーネ・シモニーニが順を追って過去を回想する日記(=シュジェート)が書かれたそれぞれの日付と、それらの内容を並べたもの(=ファーブラ)との対照表をわざわざ巻末に掲載している。では何故エーコは敢えて以上のような仕方で語りの構造を示したのか。先生曰く、まさに『プラハの墓地』こそが、ロシア・フォルマリズムの理論――本来これは解釈の理論であって創作の理論ではない――を正しく応用して書かれた唯一の小説だからである。
ここまでの理解に到達して初めて、『プラハの墓地』読解のための準備が整ったといえるだろう。この途轍もない周到さこそ、〈テクスト〉に挑むための原典研究所式の作法であり、倫理なのである。