『原典黙示録』第58回(6/12) 講義録

『原典黙示録』第58回 講義録

田中大

『プラハの墓地』第4章においては、主人公の祖父が幼い孫に、テンプル騎士団総長ジャック・ド・モレーが処刑されてからフランス革命に至るまでの壮大な陰謀の歴史――バリュエル神父が『ジャコバン主義の歴史のための覚書』において論じていた――を語って聞かせる。

ここで原典式に、残された史料に忠実に出発するために最初に参照されたのは近刊のDan Jones, The Templars(邦訳『テンプル騎士団全史』)であった。本書は陰謀論の文脈で論じられることがほとんどであったテンプル騎士団について、第一次史料に基づく実証的研究をまとめた通史である。テンプル騎士団は十字軍活動以降に結成された騎士修道会の一つであるが、彼らは銀行に近い役割を果たす財務管理システムを整備し、十字軍終結後には金融業を通じて莫大な財産を蓄えていた。そこに目を付けたのが当時財政難にあったフランスの国王フィリップ4世であった。彼はテンプル騎士団総長ジャック・ド・モレーを含む多数の騎士団員に異端の濡れ衣を着せ、彼らを火刑に処してその富を奪い取ったのだった。

テンプル騎士団の「表」の歴史はこれで終わるのだが、バリュエル神父はその続きを語ったのである、すなわち、テンプル騎士団の残党が秘密結社フリーメイソンを結成し、バイエルン啓明結社イルミナティに買収されながらも、最終的には革命によってフランス国王に対する復讐を果たした、と。そしてさらに、神父に手紙を送った男がその歴史の中核にユダヤ人を据えたことで、事態は様々な秘密結社の陰謀を各面facetとしてもつ一つの多面体の如くに、語られることとなった。

この歴史を最も深いレベルで辿り直す端緒として先生が取り上げたのが、十数年前に日本においても一世を風靡した Dan Brown, The Da Vinci Code(邦訳『ダ・ヴィンチ・コード』)であった。本書の冒頭には「事実」として以下のようなことが述べられている。

シオン修道会は、1099年に設立されたヨーロッパの秘密結社であり、実在する組織である。1975年、パリの国立図書館が『秘密文書ドシエ・スクレ』として知られる資料を発見し、シオン修道会の会員多数の名が明らかになった。そこには、サー・アイザック・ニュートン、ボッティチェルリ、ヴィクトル・ユゴー、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチらの名前が含まれている。

この作品においては、テンプル騎士団を結成したのがこのシオン修道会であり、そして彼らテンプル騎士団は、イエスとマグダラのマリアとの間の子孫の秘密を守ることをその果たすべき任務としている。このマグダラのマリアの重要性を見直させる契機となったのが、19世紀に発見されたグノーシス主義の文書『マリアの福音書』であった。

テクストに基づいて厳密かつ正確に進むべく、ここから講義はグノーシス主義の原典へと遡る。まずコプト語のグノーシス主義テクストを集成したものとしてJ. M. Robinson(ed.), The Coptic Gnostic Library(vol. 1-5)が参照された。続いてコプト語サイード方言の福音書写本としてH. Queckeにより編集されたDas Markusevangelium saïdischDas Lukasevangelium saïdisch、そしてDas Johannesevangelium saïdischが繙かれたが、これらはまさしくテンプル騎士団旧蔵の写本なのである!それが伝えられてきた経路を詳しく辿ることはもはやできないが、これらの写本は1970年代にバルセロナのイエズス会修道院で発見されたのであった。

またグノーシス主義の影響を受けてエジプトで成立したとされる神秘主義思想文献ヘルメス文書の原典として、W. Scott(ed., tr. & nn.), Hermetica(vol. 1-4)とこれを踏まえて改定したより新しい版であるA. D. Nock & A. J. Festugière(ed. & tr.), Hermès Trismégiste, Corpus Hermeticum(vol. 1-4)が参照され、さらにはコプト正教会で用いられるコプト語訳聖書までもが講義の舞台に登場した。

原典と直に対面することで、これらのテクストをめぐる人々の命を懸けた営み――彼らは自身の信仰に、愛に、正義に殉じた――が、自身の体験であるかのごとくわれわれの底から突き上げてくる。この衝撃の未だ退かぬうちに、先生は二千年の歴史を一息に降って『ダ・ヴィンチ・コード』と同じくダン・ブラウンの著書であるThe Inferno(邦訳『インフェルノ』)――無論このタイトルはダンテの『神曲』La Divina Commediaの「地獄篇」Infernoから取られている――を繙く。そのエピグラフには次ような一文が掲げられているのであった。

The darkest place in hell are reserved for those who maintain their neutrality in times of moral crisis.
(地獄の最も暗い場所は、道徳の危機の時代においてなお中立の立場を取り続けようとする者たちのために取り置かれている)

いついかなるときでも傍観者として平然と中立の立場を保っていられるのは、本当の意味で何も愛することのない者、自らの〈言葉〉をもたない悪しき相対主義者だけである。彼らは決断することがない、ゆえに剣を取って戦うことも決してない。翻って、原典研究所はまさに〈テクスト〉と真正面から向き合うことを通して己の〈言葉〉を鍛える場である。だからこそ、危機の時代において、原典の講義は最も純粋な倫理――これはただ様々な立場を折衷しただけの中立性とは全く異なるものだ――とそれが要請する実践へと一直線に開かれているのである。

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