『原典黙示録』第59回(6/19) 講義録

『原典黙示録』第59回 講義録

田中大

コプト語はいくつもの方言に分かれている。صعيد/sa‛īd/とは、アラビア語で「高地」を意味する語であって、すなわち「コプト語サイード方言」とはナイル川上流域の方言のことを指す。これに対して「コプト語ボハイル方言」と呼ばれるものは、アラビア語で「海」を意味するبحر/bahr/に由来するその名が示しているように、ナイル川下流域の海岸地域の方言を指す。ナグ・ハマディで発見された写本群であるナグ・ハマディ文書もまたコプト語で書かれているが、このテクストはナイル川中流域のリュコポリス方言の影響を受けたサイード方言で書かれているため、先生によれば、今回参照されたコプト語辞典の金字塔W. E. Crum(ed.), A Coptic Dictionaryを用いても、ナグ・ハマディ文書を読むことは困難であるという。

コプト語の文法書としては、1830年に刊行されたHenry Tattam, Coptic Grammarが初期エジプト学のコプト語研究の成果としてまず参照され、続けて比較的最近のコプト語サイード方言文法として、Chris H. Reintges, Coptic Egyptian (Sahidic DIalect)が参照された。また、ナグ・ハマディ文書のコプト語の重要な研究論文集として、L. Painchaud & A. Pasquier(ed.), Les textes de Nag Hammadi et le problème de leur classificationが繙かれた。

コプト語は紀元後1世紀頃から1000年ほど用いられていた古代エジプト語の最終段階に当たる言語であるが、ここで簡潔に古代エジプト語の各段階の区分を示しておけば、初期エジプト語Archaic Egyptian(B.C.3200頃~)、古エジプト語Old Egyptian(B.C.2700頃~)、中エジプト語Middle Egyptian(B.C.2100頃~)、新エジプト語Late Egyptian(B.C.1600頃~)、デモティックDemotic(B.C.650頃~)、コプト語Coptic(A.D.100頃~)となる。

ここからはエジプト学研究黎明期の発見の現場を読者に追体験せしめる好著J. Malek, The Treasures of Tutankhamun(邦訳『ツタンカーメンの秘宝』)の参照を皮切りにコプト語以前の古代エジプト語研究文献が繙かれ、新エジプト語の文法書としてはD. WarburtonによるF. Junge, Einführung in die Grammatik des Neuägyptischenの英訳であるLate Egyptian Grammarが、デモティックの文法書としてはR. S. Simpson, Demotic Grammar in the Ptolemaic Sacerdotal Decreesが参照された。そして、ツタンカーメンの墓から発見されたヒエログリフの集成H. Beinlich & M. Saleh, Corpus der hieroglyphischen Inschriften aus dem Grab des Tutanchamunはエジプト学の一つの成果であり、エジプト学者の気魄と神々が宿る象形文字の記述の魔力は、紙面を眺めているだけの者でさえ圧倒せずにはおかないのであった。

以上の如く、今回はエジプト学文献の百花繚乱、荒々しい変動を予感させる現実のさなかにあって、砂漠のオアシスの如く純粋な人文学的眼福にあずかり得た講義ではあったけれども、しかしそれは世界から目を背けて立ち止まったということを意味するのではなくて、これもまた一つの問題意識の下に正確に拡散しながら間テクスト系を巡る記述論の長い旅路の、かけがえのない一幕であるということを忘れてはならないだろう。

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