『原典黙示録』第60回 講義録
田中大
グノーシス主義とは、教科書的には、二元論的世界観を基礎とし、秘密の知識γνῶσιςを獲得することから救済が得られると信仰するキリスト教の異端思想であるとされる。しかしそこに含まれる思想は非常に多様であって、必ずしもキリスト教の一派とみなすことができない側面もあり、グノーシス主義とキリスト教両者の関係の複雑な絡み合いは解き明かしがたいものである。この思想はキリスト教が生じる以前の様々な思想の影響の下に成立したと考えられているが、その起源もまた判然としない。
グノーシス主義の研究書としてまず参照されたのが、H. Jonas, The Gnostic Religion(邦訳『グノーシスの宗教』)であった。本書を含むヨナスの一連のグノーシス主義研究は本思想の研究史に残された大きな業績ではあるけれども、その研究はナグ・ハマディ文書が発見・公刊される以前になされたものであるため、この最重要文書の内容はそこに反映されていない。ナグ・ハマディ文書発見以前の主なグノーシス主義関連資料としては、まずヘルメス文書があり、またいくつかのコプト語文書、そして有名な「真珠の歌」を含むシリア語の文書などがある。13の写本に含まれる51のコプト語テクストからなるナグ・ハマディ文書の発見は、その分量の厖大さと内容の豊富さから、グノーシス主義研究に大躍進を生じさせることとなった。
そしてナグ・ハマディ文書研究の成果をも踏まえた包括的なグノーシス主義研究書として紹介されたのがK. Rudolph, Die Gnosisである。本書はグノーシス主義思想の全体像を「資料」・「本質と構造」・「歴史」の観点から概観する好著である。また、ナグ・ハマディ文書に基づくグノーシス主義研究としてE. Pagels, The Gnostic Gospels(邦訳『ナグ・ハマディ写本』)が参照された。ナグ・ハマディ文書のテクストとしては、以前の講義にも登場したRobinson(ed.), The Coptic Gnostic Library(vol. 1-5)とともに、本文書の英訳としてJ. M. Robinson(ed.), The Nag Hammadi Library、そしてBentley Layton (ed., tr. & nn.), The Gnostic Scripturesが参照された。またB. Laytonが著したコプト語文法書としてCoptic in 20 Lessonsが、彼が編纂したグノーシス主義テクストの“名作集”としてCoptic Gnostic Chrestomathyがそれぞれ参照された。
グノーシス主義と深い関係にある異端思想がマニ教であるが――K. Rudolphはグノーシス主義が体系化・世界宗教化した段階がマニ教であると見做す――、この大宗教についてはN. J. Baker-Brian, Manichaeism(邦訳『マーニー教』)が参照された。教祖マニは216年メソポタミア南部に生まれ、彼の説いた信仰はササン朝ペルシア領内において爆発的に広まって以降、西はシリア、小アジア、アルメニア、北アフリカなどを経て4世紀にはガリアやスペインまで到達し、東は中央アジア、シルクロードを経て7世紀末には中国に至った。特にトルキスタンのウイグル人国家においてはマニ教が国教の地位にまで登り詰めたが、最終的に中央アジア地域ではイスラーム勢力が伸長していったため、この信仰は暫し仏教や景教とともに細々と存続していたものの、モンゴル族覇権の時代には姿を消してゆくこととなる。
ここで当地に残された仏典として、高名なインド学者A. F. R. Hoernleによる東トルキスタンの仏教写本集成Manuscript remains of Buddhist literature found in Eastern Turkestanが参照され、同時に三十種類以上のサンスクリット語仏典写本を対照した『梵文法華経写本集成』(全12巻)――このような稀覯書を通りすがりに参照する「大盤振る舞い」はこの原典研究所以外では決してあり得まい!――が繙かれた。このようにしてわずかな接点をも逃さずに、確かにテクストの世界を広げてゆく。これこそ、「言語の世界に耽溺する」ことに他ならない。
現実世界の正確な認識というものは、ただことがらを漫然と眺めているだけで達成されるものではない。必要なのは、今回の講義でも実践されたように、言葉の海に深く沈潜することである。しかしそれは現実から遠ざかることではない。このようにして達成された正確な認識に基づく場合にのみ、実践は正義を体現し、かつ爆発的な力を発揮するのである。