『原典黙示録』第65回(7/31) 講義録

『原典黙示録』第65回 講義録

田中大

今回は現在の政治的状況への言及と並行して、古代イラン語関連の書物が紹介された。印欧語族インド・イラン語派に属するイラン語群は、通時的には古代イラン語(前10世紀頃~前4, 3世紀)、中世イラン語(前4, 3世紀~後8, 9世紀)、近世イラン語(後8, 9世紀~現代)に区分される。これをイラン政治史と重ね合わせるならば、イラン系民族と考えられているスキタイ人やメディア人らが歴史に登場してからアケメネス朝の時代まで、アケメネス朝滅亡からササン朝滅亡まで、そしてイランがイスラーム化して以降の三つの期間がそれぞれ対応する。

古代イラン語に含まれる言語のうち、特に重要であるのは古代ペルシア語とアヴェスター語である。文法はそれぞれ異なるが、いずれも古代印欧語特有の複雑な屈折変化を有しており、音韻・文法におけるサンスクリット語との対応関係も比較的容易に見て取れる。古代ペルシア語は、主にアケメネス朝時代の諸王の碑文を記すために用いられた言語であり、アッカド語から借用した楔形文字を用いて表記されている。特にダレイオス1世の業績が刻み込まれたベヒストゥーンの碑文は非常に有名である。今回こうした古代ペルシア語の碑文の単語を集めた辞書として紹介されたのは、Rüdiger Schmitt, Wörterbuch der altpersischen Königsinschriftenであった。解読作業はもとより、岩壁に刻まれた碑文の書写も、校訂も、ともに気の遠くなるような――時には文字通り命懸けの――作業なのであって、これはまさに先賢たちの人生を賭した研究の積み重ねの上に初めて成り立っている成果と言えよう。

アヴェスター語は、ゾロアスター教の聖典『アヴェスター』において用いられている言語である。この言語がいつどこでどういった人々によって用いられていたかは杳として知られないが、『アヴェスター』の成立については、ゾロアスター教徒の伝承によればアケメネス朝時代とされている。現存はしていないものの、現在判明している最古の聖典は6世紀に記録されたもので、アヴェスターに用いられているアヴェスター文字はこの時に考案されたが、これはセム系言語の文字と異なって母音を全て表記する文字体系となっており、聖典の言葉をより正確に表記するためにパフラヴィー文字(中世ペルシア語を表記するために用いられた文字)を改良して作られたものである。アヴェスター語はさらに、『アヴェスター』内の古層でありゾロアスター自身の言葉とされる「ガーサー(詩)」を記述するガーサー語と、それ以外の部分を記述する新体アヴェスター語に区分される。

『アヴェスター』原典の現存するテクスト全文――聖典全体の4分の1程である――を収録するのが、Karl F. Geldner(ed.), Avesta. The Sacred Books of the Parsis, 3vols.である。翻訳としては、ペルシア人研究者による現代ペルシア語訳جلیل دوستخواه Jalil Doostkhah(tr. & nn.), اوستا٬ کهن‌ترین سرودها و متن‌های ایرانی Avesta, The Ancient Iranian Hymns & Texts, 2vols.、近刊の仏語訳Pierre Lecoq (ed., tr. & nn.), Les livres de l’Avesta、さらに独語訳Fritz Wolff(ed., tr. & nn.) , Avesta: die heiligen Bücher der Parsenが紹介された。この独語訳は、古代イラン語辞典C. Bartholomae, Altiranisches wörterbuchを用いて翻訳されたもので、講義ではこちらの辞書も実物が登場した。続いて、アヴェスター語のコンコーダンスとしてRaiomond Doctor, The Avesta: A Lexico-statistical Analysis Direct and Reverse Indexes, Hapax Legomenon and Frequency Countsが紹介され、『アヴェスター』読解のための必携の書として特に推奨されたのが、ペルシア語動詞語源辞典Johnny Cheung, Etymological Dictionary of the Iranian Verbであった。また初学者向けのアヴェスター読本としては、M.F. Kanga(ed.), Avesta Reader Text translation and explanatory notes with sanskrit cognatesがあり、こちらは語彙の覧にサンスクリット語の同義語が併記されており、両言語の音韻上の対応関係を比較しつつ学ぶことができる好著である。

古代ペルシア語とアヴェスター語は、まさにイラン語群の「記述文化」の濫觴をなす。ゆえにそれによって書かれたテクストには、歴史を駆動する力の端緒が確かに存在する。世界史を知るために必要なのは――たとえそれが一見迂遠な手段に見えたとしても――、こうしたテクストを直に目の当たりにし、この力に圧倒される経験を得ることである。先生の政治論は、徹頭徹尾こうして語り出される記述論的な世界史に基づく。この意味で今回の講義もまた、『原典黙示録』の中核を豊かに展開するものであったといえるだろう。

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