今日の講義で扱った範囲では、 自分で読んだ際に正しく理解していなかった箇所が二点ありました 。
ひとつは、ソクラテスが「君は神にかかわること、 敬虔と不敬虔とについて十分正確に知っているのか」 と問いかけたのに対するエウテュプローンの応答です。
(4E-5A) Οὐδὲν γὰρ ἄν μου ὄφελος εἴη, ὦ Σώκρατες, οὐδέ τῳ ἂν διαφέροι Εὐθύφρων τῶν πολλῶν ἀνθρώπων, εἰ μὴ τὰ τοιαῦτα πάντα ἀκριβῶς εἰδείην.
τῳ は冠詞の中性単数与格ですが、 対応する名詞が見当たりません。
そこで先生は冠詞が指示代名詞から派生したものであるというヒン トを下さり、代名詞類の活用表を調べました。
この場合の τῳ は不定代名詞 τὶς の単数与格 τινί の別形であ り、否定の副詞とともに用いられて「全く/いかなる点でも」 の意味であると解釈しました。
それを踏まえた全文の訳は以下の通りです。
「もしそれらすべてを正確に知らないならば、ソクラテスよ、 私は役立たずであり、 エウテュプローンはいかなる点でも多くの人と違わないということ になってしまうだろう。」
そこで先生は冠詞が指示代名詞から派生したものであるというヒン
この場合の τῳ は不定代名詞 τὶς の単数与格 τινί の別形であ
それを踏まえた全文の訳は以下の通りです。
「もしそれらすべてを正確に知らないならば、ソクラテスよ、
もうひとつはこれに続くソクラテスの台詞です。
(5A) Ἆρ᾽ οὖν μοι, ὦ θαυμάσιε Εὐθύφρων, κράτιστόν ἐστι μαθητῇ σῷ γενέσθαι, (以下省略)
「それでは、素晴らしい友エウテュプローンよ、 私にとって最善のことはあなたの弟子になることである。」
γενέσθαι 「~になる」の補語は主格を使うはずですが、” μαθητῇ σῷ” と与格になっています。
これは μοι との格の一致のためであると先生にご教授いただきま した。
ギリシア語は格変化が豊富で語順が自由であるので、 離れた位置にある語との対応も考慮せねばならないと分かりました 。
これは μοι との格の一致のためであると先生にご教授いただきま
ギリシア語は格変化が豊富で語順が自由であるので、
自分で予習する際には文法を厳密に理解しないまま内容を理解した 気になってしまう弊があります。
ここに原典を人に教わる恩恵があります。
ここに原典を人に教わる恩恵があります。
(阿部)