『原典黙示録』第68回 講義録
田中大
まず今回の講義の中心的な話題の一つは、先生の目に留まった佐藤翔さん持参のイタリア語文法書、西本滉二『新講現代のイタリヤ語』から広がっていった。その本の表紙には、“Noli altum sapere sed time”(「驕ること勿れ、却って畏れよ」)と書かれたリボンが巻き付いたオリーヴの木の絵が載っている。そしてこの絵の「出典」であるところの紋章が掲げられている書として先生によって書架から取り出されたのは、何と原典研究所の誇る第一級の稀覯書である1566年刊のステファヌス版『ギリシア主要英雄叙事詩人集』(改装版全1巻)Poetae Graeci Principes heroici carminis & alii nonnulli、1578年刊の同版『プラトン全集』(全3巻)Platonis Opera Quae Extant Omnia――いずれも最大の判型であるフォリオ版で刊行――であった!そしてそれらの扉には、確かに同じ格言を掲げたオリーヴの木の紋章が掲載されていることが実際に確認された。これはまさしくルネサンス期の印刷業者一族Estienne家(ラテン語名Stephanus)の紋章なのであった。以上の二書を刊行したのはHenri Estienneであり、また彼に劣らず歴史上重要な仕事をなしたのがその父のRobert Estienneであった。ここで彼の伝記としてE. Armstrong, Robert Estienne, Royal Printerが参照された。
グーテンベルクが活版印刷術を開発してからギリシア語新約聖書の印刷本が刊行されるまでには約60年もの期間が空いているが、それはギリシア語の活字を作成する困難さや、ウルガータの揺るぎない権威のためであった。そうした困難を乗り越えて最初に出版されたギリシア語新約聖書は、1514年刊のコンプルトゥム多国語対訳聖書であった。しかし、新約本文の歴史を顧みる上でより重要性なのは、エラスムスにより編集され同時期に出版されたギリシア語新約聖書である。これは依拠した写本の質の悪さ、誤植の多さなどの点で大変欠陥の多い本文であったが、市場に登場した最初の印刷本であり、かつ安価であったことなどから、結果的にコンプルトゥム版よりも広く普及した。ロベールはこれに基づき、批評資料欄を備えた初のギリシア語新約聖書を出版したのだが、これとプロテスタント神学者Théodore de Bèzeが出版した本文、印刷業者Elzevir兄弟の出版した本文を混合したものが「公認本文」として権威をもつようになり、近代的聖書本文批評によって退けられるようになるまで、ルター訳聖書や欽定訳聖書をはじめとした後の主要な新約聖書各国語訳の底本となったのである。
“Noli altum sapere sed time” は、ウルガータの『ローマ信徒への手紙』11章20節からの引用されたラテン語文である。そこではパウロがローマの信徒たちに向けて、不信仰によって神に見捨てられたユダヤ人を折られたオリーヴの木の枝に、異邦の新たな信徒をその代わりに接ぎ木された枝に喩え、教えを説いている。この一文はそのコンテクストに即して読むならば、新たに接ぎ木された枝であっても、もし驕ることがあれば神によって直ちに折り取られてしまうという忠告の言葉である。しかし、ルネサンスの人文主義を牽引したエティエンヌ家が掲げたこの言葉を、400年以上の歴史の重量を担う書物の中に目の当たりにしたとき、それは原典的人文学を通じてのみ垣間見られる途方もない世界へまさに入りゆかんとする者への戒めとして異化され、私の裡に厳かに響きわたったのであった。
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今回はこうした稀覯書が登場するとともに、前回のアフガニスタン情勢分析に関連して、YaštではなくYasnaの一部であるにもかかわらずHaoma Yaštと呼ばれる『アヴェスター』の問題の箇所(Y.9-11)について取り扱った研究書J. Kellens, Études avestiques et mazdéennes, vol2.や、この聖典の語彙の統計的分析研究を纏めたR. Doctor, The Avesta: A Lexico-statistical Analysisが繙かれたほか、コーカサス地方の歴史・政治的状況を概説した最新の研究書としてT. de Waal, The Caucasusが参照された。これらを踏まえ、次回は原典研究所所蔵の四十余年分ものTIME誌バックナンバーを活用しながら、現代アフガニスタン史に踏み込んでゆくことになるだろう。