私はこの講読のためにドイツ語を学び、原典生の仲間から文法書を借りるなどして取り組んでいます。 まだ初学者ではありますが、毎週一度の原書講読が励みになって語学の学習を継続できています。
本日扱った緒論3は、 歴史の形態学は観念として存在したが記述されたことがない。したがって自分がそれを記述する、 という決意の表明でした。
先生曰く「シュペングラーは死者を解剖台の上に置かれた死体としてではなくて、図書館に収蔵された本の著者として把握しようとした。」
歴史の形態学を記述したのがシュペングラーだとすれば、自然の形態学を記述したのがデカルトでした。 記述者とは自らの方法を、したがって自らの<全体験変容>としての<世界>を記述する者のことである。 その<世界>の魅力が、我々が語学を学ぶ動機になっているのだと思いました。
(阿部)