『原典黙示録』第76回 講義録
田中大
今囘の講義でまづ參照されたのは、江藩纂・漆永祥箋釋『漢學師承記箋釋』(全二卷)であつた。これは淸朝考證學者たちの傳記と思想とが纏められた『漢學師承記』を校訂し釋義を附したものである。
考證學は、宋代以降に於いても多くの儒者らに影響を與へ續けた朱子學に甘んじ得なかつた黃宗羲、顧炎武をその先驅とする。後に續く閻若璩は自身の生涯を『尚書』硏究に捧げたが、就中『古文尚書』が僞書であることを立證した主著『尚書古文疏證』は経學史上に赫奕として輝く一大成果といへる。而して彼と同世代の胡渭は『易圖明辯』を著し、河圖洛書を仔細に檢討してこれが嚴密には『易』に卽さぬ後世の捏造であることを示した。此処に於いて朱熹の『周易本義』や『易學啓蒙』――講義の中ではいづれも延宝年間に刊行の「實物」が登場した――の議論は覆へされ、朱子學の理論的支柱は强烈な一擊を被ることとなつた。
斯くの如く、考證學は繚亂たる天才達が各々の生涯を賭して紡いだ十九世紀西洋の文献學を髣髴せしめる嚴密性への志向により、微に入り細を穿つた實證的硏究として現代の學問の見地からしても十分に意義ある功績を殘し得た。然し、同時に問題とされるべきは、彼らが終ぞ或る領域を越えて先に進むことがなかつたといふことである。
考證學者達が相手としたのは專ら宋本をはじめとする漢籍のみであつた。したがつて、あらゆるテクストを取り扱つた西洋文献學と考證學とは、或る面では類似するとはいへ通約可能ではない。彼らにとつて問題であつたのは無論漢文のみであつたから、漢字に始まり漢字に終はるその營爲が未知の言葉の「解讀」を要請することはなかつた。起源のテクストへと遡ることに命を懸け、石碑であれ、黏土板であれ、パピルスであれ、羊皮紙の寫本であれ讀み解くべき對象と見做した文献學者達とは異なり、彼らは偏に宙に浮いた「意味」をごく純粹に問ふべく、印刷された書物の比較檢討に死力を盡くしたのであつた。
そして何より、彼らは朱子學や陽明學に代はる思想を創出することがなかつた。彼らには何が足りなかつたのか。それは記述論的には、「實物」を前にしたときにそこから自づと立ち昇る〈世界〉を〈想像〉する力であつたといへるであらう。嚴密さを突き詰めることは不可缺と雖も、畢竟それは前提に過ぎぬ。その地平の緣より飛び立つ正確無比なる〈跳躍〉に全ては懸かつてゐる。〈想像力〉による媒介があつてはじめて、〈眼〉はテクストに焦點を合はせることができる。それがなければ、言葉は無機質な記號の連鎖となつて、無限の解釋の亂反射のなかで明晰な像が結ばれることはないであらう。
然うしてこの〈想像力〉こそが、〈跳躍〉を齎す。〈跳躍〉なくして〈問答〉は爲し得ぬ。〈問答〉なくして〈思想〉はあり得ぬ。〈讀み〉は倉卒に、自問自答の無間地獄の中へ一陣の淸風の如く吹き込む。這箇の瞬間を決して捉へ損なふこと勿れ。