中垣太良
引き続き、イタリア語力の小手調べとしてメログラーニの序文を読み進めています。読解が終わると、西本晃二『ルネッサンス史』が参照されました。目次を見ると「第Ⅰ部 イタリア半島」と「第Ⅱ部 アルプス以北の諸国」の二部構成になっています。ここで先生から一言、「今回は、アルプス以北のルネッサンスを全部やろう」と。
かくして、先生自ら持参した紙袋 5つ分(!)の書物を巡る、2時間半の大時間旅行が幕を開けました。「なぜルネサンス期以後に、ラテン語文学から各国語の文学へと移行したのか」という問いを携え、各地を周遊していきます。
最初の舞台はフランスです。まず、Alfred Ewert, The French Languageが参照されました。これには現代フランス語の音韻論・形態論・統語論・語彙論的記述に留まらず、ラテン語からフランス語への歴史的移行についての記述が含まれており、“Classical Latin”(古典ラテン語)、“Vulgar Latin”(俗ラテン語)、“Low Latin”(低ラテン語)、“Old French”(古フランス語)、“Middle French”(中期フランス語)といった言語区分の名称が出てきます。手始めに、これらの具体例を順を追って見ていきました。
古典ラテン語については、先生お手製の名文選プリントを参照し、カエサル『ガリア戦記』、ホラティウス『詩学』、またキケロの法廷弁論といった所謂ラテン文学の「黄金時代」(前50年〜後50年ごろ)のラテン語、そしてセネカ『幸福な人生について』、タキトゥス『ゲルマニア』といった「白銀時代」(後50年〜2世紀末ごろ)のラテン語を観察しました。
次に、The French Languageに戻り、代表的なフランス語の文章を年代順に抜粋・収録した巻末補遺が参照されました。最古のフランス語文献と言われる『ストラスブールの誓約』の抜粋からページを繰り、ラブレーが登場したところで、彼の伝記であるJean Plattard, La Vie de François Rabelaisに加え、Sainéan Lazare, La Langue de Rabelais、さらにJacque Boulengerが監修した全集Rabelelais Œuvres Complètesが紹介されました。
続いて小方厚彦『16世紀フランスにおけるフランス語とフランス語観:Ramusの研究』が参照されました。本書は愛国者Petrus Ramusが16世紀フランスの言語事情に果たした役割について述べています。当時のフランス語が統一性を欠いていた中、Ramusは諸学芸がガリアに端を発しており、今再びガリアにおいて復興されるべきである、と主張した上で、難解なラテン語でなく母国語によってこそ諸学芸の普及が可能だと考え、独自のフランス語文典を執筆したのです。
続いて、モンテーニュ『エセー』について解説が加えられました。『エセー』の初版(第一・二巻)は1580年ボルドーにて刊行されます。モンテーニュは1588年に第三巻を刊行すると同時に、第一・二巻の増訂版を刊行しました。彼は1592年に亡くなりますが、熱狂的読者であったマリー・ド・グルネーにより遺稿が編集され、新版『エセー』が1595年に出版されます。以後数世紀にわたり、この1595年版が決定版とされ読み継がれていくことになります。ところが、1588年版にモンテーニュ自身が膨大な書き込みが加えた通称「手沢本」(「ボルドー本」とも)がフランス革命の直前に新たに発見されたのです! まず、この「ボルドー本」の影印版、ESSAIS. Reproduction en fac-simile de l’exemplaire de Bordeaux, 1588, annote de la main de Montaigneが繙かれました。余白や行間に細かい字でびっしりと書き込みが加えられているほか、本文に何本も打ち消し線が引かれている様子が見て取れます。じっと眺めていると、モンテーニュが魂を込めてペン先を走らせている様子が目に浮かぶようです。続いて、関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』と、その底本であるŒuvres de Montaigne, 12 tomsが参照され、本文の段落の直前にA, B, Cと番号が振られていることが確認されました。これは異なる版の本文を区別しようとする試みであり、Aは初版(1580年版)時点で存在していた文章、Bは1588年版で追加された文章、そしてCは「ボルドー本」においてモンテーニュが加筆・修正しようとした文章を再現したものである、と解説が加えられました。さらに、前述した影印版と対をなす「ボルドー本」の現代フランス語訳、ESSAIS. Adaptation en français moderne par André Lanlyが繙かれました。訳者André Lanlyは、自身が教えていたフランス人の学生ですら『エセー』を原文で読むのは困難に感じていた、と記していますーーメログラーニによる序文(初回講義録参照)を彷彿とさせる言葉です。
次に、スペインのルネサンスについてはMiguel de Cervantes, Don Quijote de la Mancha(Planeta社発行)が参照され、セルバンテス作品の語彙の豊富さが指摘されたほか、ドイツのルネサンスについてはMartin Luther, Die Ganze Heilige Schrifft Deudschを参照し、ルターが聖書翻訳に用いた初期新高ドイツ語が現代標準ドイツ語に連なっていることを確認しました。
舞台はイギリスに移ります。まず、英文学の父チョーサーについて。市河三喜・松浪有による注釈が施されたGeoffrey Chaucer, Canterbury Tales(研究社)と、チョーサーの全作品及び彼による中世フランス語詩の中期英語訳とされる“The Romaunt Of The Rose”(原題“Roman de la rose”)ーーこれには異説もありますーーに対する用語索引である、John Strong Perry Tatlock & Arthur Garfield Kennedy, A Concordance to the Complete Works of Geoffrey Chaucer: And To The Romaunt Of The Roseが参照されました。
続いて2世紀ほど時代を下り、シェイクスピアについてお話がありました。まず『シェークスピア名句辞典』(村石利夫編、横川信義監修)が紹介されました。これはシェイクスピアの名章句を抜粋し、その邦訳を比較したものです。例えば『ハムレット』の“To be, or not to be: that is the question:”に対しては、以下のような訳文が並べられています。
坪内訳 世に在る、世に在らぬ、それが疑問ぢゃ。
横山訳 在らふべきか、それとも在らふべきでないか、問題はそれだ。
市川・松浦訳 生きるか、死ぬるか、そこが問題なのだ。
本多訳 長らうべきか、死すべきか、それは疑問だ。
大山訳 在<あ>るか、それとも在らぬか、それが問題だ。
福田訳 生か、死か、それが疑問だ。
三神訳 生きる、死ぬ、それが問題だ。
木下訳 生き続ける、生き続けない。それが難しいところだ。
小田島訳 このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ。
逐語訳 このままでいいのか、悪いのか、それが問題だ。
上記に加え、小田島雄志訳(白水社)、さらに近年の大場建治訳(研究社)が参照された上で、“be”を「存在する(exist)」という意味で捉えるか、「〜であるべきだ」という話者の主観性を表す意味で捉えるかによって解釈が分かれているという指摘がなされました。さらに、シェイクスピアは友人にモンテーニュを訳してもらって愛読していたこと、おそらくはそれが彼の作品の源泉となっていたであろうことが続けて指摘され、講義の舞台は再びフランスへと戻ったのでした!
ここで、中期フランス語を読み解くための辞書としてDictionnaire du moyen françaiseが紹介されます。さらに16世紀のフランス語の文法書としてGeorges Gougenheim, Grammaire de La Langue Française du seizième siècle、研究書としてPeter Rickard, La langue française au seizième siècleが参照されました。後者はMathurin Cordier, De corrupti sermonis emendatione(1530)を引き、‘Tu dormiresti hodie pingue matutinum’という文は、16世紀当時、‘Tu as dormi aujourdhuy la grasse matinée’(「君は今日朝寝坊した」)というフランス語の文を、形だけラテン語に置き換えて表現したものに過ぎなかった、と述べています。実は冒頭の問いに対する答えもここにあるのです。すなわち、ラテン語は、ラテン語としての形は保っているものの、実質は各国語の意味を置き換えたもの(これをcalqueと呼びます)に過ぎなくなってしまった。それゆえ、ルネサンス期からは、各国語の表現の可能性を見出していく方向へと舵を切ったのだ、と。
最後に、こうした「崩れたラテン語」を専門に取り上げた大辞書Du Cange, et al., Glossarium Mediae et Infimae Latinitatisが書棚から取り出され、まさかこんな本まであるとは、と受講生から感嘆の声が漏れました。
先生はよく「全部がつながっているんだ」とおっしゃいます。今回の講義で、いつもにまして積み上げられていく書物の山を目で見て、また手にとって眺めているうちに、この先生の言葉が改めて響いてきました。肝要なのは、自分の中で真に問うに値する問いを磨くこと、そして一旦問いが定まったら、全事象のネットワークの中に知識を位置付け、自ら手を動かして間テクスト系を渉猟することなのだ、と。それを可能にする知的体力は、紙の書物と格闘した経験によってしか齎されません。