中垣太良
今回はまず、訳者序文の最終段落の一節、‘Si tratta di un testo classico che(…)’をどう訳すかが問題となりました。『伊和中辞典』で‘si tratta di~’を引くと「…である,…のことである,大切である」とありますが、この語義だけでは足りません。実際には「〜が問題である;(話し手が)〜を話題としている」というニュアンスを含んでおり、フランス語の‘il s’agit de~’がちょうどこれに相当する、との指摘が先生からありました。そこでMichel Foucault, Les Mots et les chosesを参照し、その具体的用例を見たのち、その英訳The Order of Things: An Archaeology of the Human Sciencesを参照し、当該箇所が‘be faced with~’を用いて訳されていることを確認しました。日本語や英語では‘si tratta di~’だとか‘il s’agit de~’に相当する表現がありませんから、適宜文脈に応じて訳し分ける必要があります。今回の一節であれば、「ここで{我々が問題としている/我々が直面している}のは、以下のような第一級のテクストである」という程度の意味になります。
上記のお話を聞いて、複数言語を学ぶ意義を再確認しました。ある言語からのアナロジーによって、別の言語の理解を深められるのです。自分はまだまだ言語間の交通を意識しながら学習できていないと思わされました。
訳者序文を一通り読み終えたため、ここでスコット・クリスチャンソン『図説 世界を変えた100の文書』を導きの糸としつつ、休憩も兼ねて原典研究所の蔵書が展観されました。まず和刻本の『易経本義』が、実際の易占の際に用いられる筮竹・筮筒とともに披露されます。次にRobert Francis Harper, The Code of Hammurabiが参照され、ハンムラビ法典の原文を観察しました。続いてThe Egyptian Book of the Dead: The Book of Going Forth by Day(R. O. FaulknerとOgden Goeletによる翻訳付き)とR. O. Faulkner, The Ancient Egyptian Coffin Textsが取り出され、前者では『死者の書』が華やかな挿絵とともにほぼ完全な状態で収められた「アニのパピルス」を、後者では中王国期の棺に刻まれた呪文を鑑賞しました。続いて、「アニのパピルス」の発見者ウォーリス・バッジの伝記、酒井傳六『ウォーリス・バッジ伝』や、バッジ自身による『死者の書』の翻訳であるWallis Budge, The Book of the Deadが参照されました。加えて、バッジの数多くの発見のうち、アリストテレス『アテナイ人の国制』についてお話がありました。この文書は、アリストテレスの標準的な校訂本Immanuel Bekker et al, Aristotelis Opera(いわゆる「ベッカー版」)には収められておらず、別個にFrederic. G. Kenyonらによる校訂が出版されています。これは「ベッカー版」が1831年に刊行された半世紀以上後に、バッジによる発見がなされたためです。続いて、Eugene Ulrich & Peter W. Flint, Qumran cave 1・Ⅱ: The Isaiah Scrollsによって死海文書の『イザヤ書』の本文を、Martin Lings, Splendours of Qur’an Calligraphy & Illuminationによって『クルアーン』の美麗なカリグラフィーを、A. F. Rudolf. Hoernle, Manuscripts Remains of Buddhist Literature Found in Eastern Turkestanによって東トルキスタン出土の仏教文献を鑑賞しました。
こうして目の保養をした後、「文献学入門の入門」講義の第3弾として、ホメロス『イリアス』の問題を扱いました。まず、『イリアス』の第1歌冒頭について岩波文庫の新旧二つの邦訳を見比べる時間が与えられました。
[呉茂一訳(1953年)]
怒りを歌え、女神よ、ペーレウスの子アキレウスの、
おぞましいその怒りこそ 数限りない苦しみを アカイア人らにかつは与え、
また多勢の 勇士らが雄々しい魂を 冥王が府へと
送り越しつ、その骸をば 犬どもや あらゆる鳥のたぐいの
餌食としたもの、
[松平千秋訳(1992年)]
怒りを歌え、女神よ、ペレウスの子アキレウスのーーアカイア勢に数知れぬ苦難をもたらし、あまた勇士らの猛き魂を冥府の王に投げ与え、その亡骸は群がる野犬野鳥の啖うにまかせたかの呪うべき怒りを。
鍵となるのは太字部分です。まず松平訳が底本とするT. W. Allenによる校訂本が繙かれました。すると、5行目に‘πᾶσι’という語があります。次に参照されたClyde Pharr, Homeric Greek: A Book for Beginnersは、ホメロスの原文ーーこれはアルカイック期のイオニア方言で書かれており、通常我々がギリシア語として習う古典期のアッティカ方言とは多少の相違がありますーーに対して注釈と翻訳を施した初学者向けの講読本です。この本で先ほどの箇所を確認すると、‘πᾶσι’の代わりに‘δαῖτα’とあります。つまり、『イリアス』の第1歌5行目においては、以下のように2つの本文が競合していることがわかります。
(第1歌)
μῆνιν ἄειδε θεὰ Πηληϊάδεω Ἀχιλῆος
οὐλομένην, ἣ μυρί᾽ Ἀχαιοῖς ἄλγε᾽ ἔθηκε,
πολλὰς δ᾽ ἰφθίμους ψυχὰς Ἄϊδι προΐαψεν
ἡρώων, αὐτοὺς δὲ ἑλώρια τεῦχε κύνεσσιν
οἰωνοῖσί τε {πᾶσι / δαῖτα}, Διὸς δ᾽ ἐτελείετο βουλή,
さらにLoeb Classical Library版ーーラテン語・ギリシア語の諸テクストと英語との対訳を集めた権威ある叢書ですーーのIliadで当該箇所を参照すると、こちらは‘πᾶσι’を採用しており、注釈に’δαῖτα Zenodotos’ とあります。
ここで、本文の競合状態の発端や、Zenodotosとは誰なのか探るため、ギリシア語・ラテン語文献の伝承過程の全体像を描いた好著、L. D. レイノルズ・N. G. ウィルソン『古典の継承者たち』が参照されました。ヘレニズム期、アレクサンドリアの巨大研究施設「ムセイオン」の図書館では、日々大量のパピルスの巻子本が収集され、図書館員たちはそれらの分類・整理に追われていましたが、この初代館長がゼノドトス(Zenodotos)なのでした! 先生曰く、ゼノドトスは「ムセイオン」に集まるホメロスの初テクストを見比べ、第1歌5行目には‘δαῖτα’を当てるのが妥当と考えたのです。拙いながらゼノドトスの本文に則って太字部分を訳してみますと、「(アキレウスの怒りが)彼ら(=勇士たち)の体を犬たちに対する餌食とし、また鳥たちに対するごちそうとした」というところでしょうか。
これに対し、第6代館長のアリスタルコスが猛反発をします。雄々しく戦って散った勇士の骸が犬や鳥たちによって荒らされる痛ましい光景に対して、‘δαῖτα’(女性名詞δαις「祝宴、ごちそう」の単数対格形)という語を用いるのはいかがなものか、と。彼が代わりに採用した語が、’πᾶσι’(πᾶς「全て」の男性複数与格形)なのでした。彼に則って太字部分を訳してみますと、「(アキレウスの怒りが)彼ら(=勇士たち)の体をあらゆる種類の犬や鳥たちの餌食とした」というところでしょう。
こうした古代の学者たちによる解釈は現存していませんが、中世写本に残る古注によって保存されています。ここで原典研究所の蔵書の白眉、ステファノス版『ギリシヤ主要英雄叙事詩人集』(1566年刊)が繙かれました。そこでは‘πᾶσι’が採用されており、アリスタルコスの解釈を反映した本文が標準として伝承されてきたことがわかります。
翻って邦訳二つが再び参照され、解説が加えられました。松平訳に注目すると、先述した古注や、既存の邦訳をどの程度参考にし、どのように訳文に反映させるかという訳者の苦労の跡が窺い知れます。例えば呉訳で「骸」と訳されるαὐτοὺς(強意代名詞αὐτὸς「自身、体」の男性複数対格形)を、直訳せず、同じように「亡骸」と訳しています。さらに、‘πᾶσι’(πᾶς「全て」の男性複数与格形)には「群がる」を当て、‘ἑλώρια’(ἑλώριον「餌食;戦利品、強奪品」の中性複数対格形)には「啖うにまかせた」を当てているように、ゼノドトスの解釈とアリスタルコスの解釈を折衷したような意訳がなされている、と指摘されました。
しかし、亡骸が野犬や野鳥によって食い荒らされる光景の凄惨さを迫力を持って描いているという点では、‘δαῖτα’を採用したゼノドトスに軍配が上がるだろう、と先生からコメントがあったところで、今回の講義は幕を閉じました。
私はここ数回の講義を通じて、翻訳を通じて親しまれている古典のテクストがどのような過程を経て生成されていったのか、実感としてわかってきました。無論こうした類の情報は文献学の入門書を何冊か読めばある程度補完できるかもしれません。しかしそれが知識として肉体化されていくためには、実物を目の前にしたときに湧いてくる腹の底からの感動が不可欠なのだと感じます。そして同時に、作者と言葉への愛を根底に、翻訳から校訂本へ、校訂本から写本へと掘り進め、伝統的な解釈を穿貫する正確な<読み>を実践される先生の姿や、それに応答する他の塾生の方々の姿を見るにつけ、原典研究所とは<自由人>としての生き様を学ぶ場でもあるのだな、と深く感じています。