中垣太良
今回は欠席者に配慮して内容を変更し、11月27日(土)の講義ーー田中さんの問いと先生の返答という問答形式が取られたーーを引き継ぐ形で講義が行われました(問いの詳細については『原典黙示録』第80回講義録を参照)。さらに、この一連の問答は去る12月4日(土)において一段落しました。
以下、一連の問答のうち、私が出席した11月29日・12月4日の講義の感想を記します。まず、11月29日の講義では、“לֹֽא־יָס֥וּר שֵׁ֙בֶט֙ מִֽיהוּדָ֔ה וּמְחֹקֵ֖ק מִבֵּ֣ין רַגְלָ֑יו עַ֚ד כִּֽי־יָבֹ֣א שִׁילֹ֔ה וְל֖וֹ יִקְּהַ֥ת עַמִּֽים׃”『創世記』49:10、BHS)の“ שילֹה” について、諸注解書・辞書が参照されました。解釈を大雑把にまとめると、以下のようなものがありました。
1. “until he comes to Shiloh.”(「シロ」という固有名詞に解する)
2. “until tribute is brought to him.”(שַׁי(shai)とלה(loh)に分解し、「貢物」の意味に解する)
3. “until a ruler comes.” (「支配者」の意味に解する)
4. “until the one comes to whom it(=王笏) belongs “
ここまでは、諸注解がどのように語形分析(parsing)を行っているかという語学上の問題にすぎません。さらに踏み込んで、“שילֹהִׁ” の解釈がはらむ問題系を俯瞰して捉えるためには、「これが誰にとって、どのような意味を持つ<記述>なのか」という視点を持たねばなりません。
続いて12月4日の講義では、まず Harl Margueriteによる Le Pentateuque d’AlexandrieとLa Bible d’Alexandrie: La Geneseーー旧約聖書のギリシア語訳であるセプトゥアギンタに、フランス語訳と注釈を施した研究書ですーーが参照されました。それによると、問題の箇所は“jusqu’à ce que vienne ce qui lui est réserve”と訳されており、注が付されています。曰く、ユダヤ教徒はこれをメシアの到来と解し、キリスト教の擁護者はキリストの到来とその受難を読み込んでいる、と。ここで先生から、当該箇所について教父オリゲネスとユダヤ教徒との間で激論が交わされていたのだというお話がありました。さらに、当時迫害されていたキリスト教徒にとって、旧約聖書の解釈を堅持することは、自らの信仰と生活とを守り通すことと同義であり、迫害への死に物狂いの抵抗でもあったのだ、と。
かくして、田中さんの問いから始まった一連の<探究>は一段落しました。
<探究>のはじめ、膨大な辞書・注解書の海を泳いでも、決定的な説明は見出せませんでした。そのままヘブライ語の本文や添えられた注釈を穴が開くほど眺めても、更なる進展は望めなかったでしょう。それはテクストをただ紙面上で捉えているに過ぎませんから。「そもそもこれは誰にとって、いかなる意味を持つ<記述>であるのか」と問いのレベルに引き上げ、ウルガータやセプトゥアギンタにまで渉猟の範囲を広げたことで、種々の釈義が入り乱れる現状の発端に行き着いたのです。そこからは、迫害に抵抗するキリスト教徒の必死の形相が浮かび、苦悶の声が聞こえてきます。
田中さんの<問い>、原典研究所の蔵書、そして先生の<読み>が三位一体となった決定的な講義に立ち会えたことに光栄に思いつつ、野放図に発される問いでなく、広大な<問題系>を引きずり出す<問い>を見出す直観を磨く必要性を再認識した次第です。