一つ前の投稿に続いて、考察を進めたいと思います。
覚醒した意識が何かに吸い寄せられることがあるかを問題にしました。それはあり得ます。たとえ自分が明晰判明に真なるものを認識し得たとしても、たった独りで全世界に対峙するのはそうたやすいことではありません。自分が明晰判明に認識していること、明晰判明に認識している自分がいることを保証してくれるものは何なのか。ここにおいて、自分をして斯く認識せしめるものとして、「神」が現れる。つまり「神」の方が吸い寄せられてくるのです。
デカルトもまた瞑想をした人物です。それは覚醒した意識が行う瞑想でした。そして思考の果てに「神」が要請されました。「神」に関するデカルトの循環論については今後扱われますが、デカルトの思考に「神」が現れるのは、そのような考え方をせざるを得なかったからです。いつ異端として処刑されるか分からぬ時代でした。彼は「自由」に思考したが、野放図に考えたわけではありません。彼は常に薄氷を履む思いで「自由」を探求したのでした。
従って、前稿で「デカルトのような人が現れて、考えるのが下手な人に対し方法的思考を伝授してくれたとすれば」と述べたのは「誤解」であったと言わざるを得ません。彼には人に教えを垂れる気は毛頭無く(実際そのように『方法叙説』で述べています)、自身の経験した思考を示そうとしているだけです。考えるのが上手いか下手かはもはや問題ではなく、生きるか死ぬかの瀬戸際で思考し記述していたと言っても過言ではないでしょう。修辞上のことはさておき、わたくしが為したような性質の「筆の走り」を、彼は決して行わなかったに違いありません。『方法叙説』の文章は飄々とした趣もありますが、いつどの言葉を出すかといった細部に至るまで神経が配られているのを見逃してはならぬということを改めて感じ、戒めとする次第です。
では覚醒した意識の持ち主たる三島由紀夫が行き着いた「神」は何だったのでしょうか。「それは『天皇』と『日本の伝統』であった」と先生は言います。「神」と言っても「阿頼耶識」と言っても、同じことです。先生はまた「三島が唯識を心の支えとしていたというのではない気がする」ともおっしゃいました。結局三島は死に向かいましたが、「首」の重さに耐えられなかったのでしょう。
今回の講義では如来蔵思想やインド仏教のその後、日本仏教の特質等も学ぶことが出来ましたが、これらについては別稿に譲るか、他の出席者諸君の執筆に俟ちたいと思います。この投稿はわたくしの心に最も響いた事柄を取り急ぎ記したものです。拙速を敢えて忌まなかったのは、何よりも先生が早速前稿に対し返答を下さったことに因ります。たった独りで思考することの極限を経験なさっていればこその御態度かと拝察いたします。デカルト的「神」を確実に自分自身の本性の中に見出すまでに、わたくしにはもう少し修練が必要なようです。
(三村)