『原典黙示録』第86回 講義録
田中大
今回はまず原典所蔵のいくつかのチベット語辞典が紹介された。現在でも定番となっている辞書は1871年に刊行されたH. A. Jäschke, A Tibetan-English Dictionaryで、宣教師である著者のJäschkeによるチベットへのキリスト教布教を目的とした研究の成果である。S. C. Das, A Tibetan-English dictionaryはインドのチベット学者Dasによる業績でJäschkeの成果を踏まえ1902年に刊行された辞書である。同時にチベット人学者によって近年刊行された辞書としてT. Rigzin, Tibetan English Dictionary of Buddhist Terminologyも登場したが、しかし何と言っても全11巻の蔵梵露英大辞典Ю. Н. Рёрих, Тибетско-русско-английский словарь с санскритскими параллелямиこそ特筆すべきであろう。Рёрихはチベット学研究が比較的盛んであったロシアにおいても傑出した学者であり、20世紀チベット学の泰山北斗の一人であった。本書はその死後に出版された彼の研究の集大成である。
本講義の話題の展開は怒涛のように拡がりつつあるけれども、それは無秩序に拡散するのではない。そこで言及されることの全ては常に一つのパースペクティヴによって束ねられている。あたかも〈全世界〉はこの一点から湧出しまた収束してゆくかの如くである。記述論はこのὀμφαλόςに始まる。