『原典黙示録』第87回(1/22) 講義録

『原典黙示録』第87回 講義録

田中大

現在ギリシア語聖書本文の定番となっているのはNestle-Alandであるが、その端緒となったのはEberhard Nestleが1898年に出版した校訂本文であった。これは公認本文Textus Receptusに19世紀の学問的テクスト探究の成果を付与することを意図して校訂したもので、Tischendorf版、Westcott and Hort版、Weymouth版の三つの本文の異同を比較検討し、多数決主義に基づいて本文を決定して採用されなかった読みをapparatusに示している。版を重ねると上記三つの本文だけでなくWeiss版やvon Soden版も参照されるようになった。

Eberhardが死去すると、第13版からは息子のErwin Nestleが父の仕事を引き継ぎ、さらに主要な写本が検討対象に加えられた。第21版からはKurt Alandが編集に加わり、そこからさらに多くの写本やパピルスなどが次々とapparatusに追加されていった。そして最大の変更点として強調されねばならないのは、採用する本文を変更する必要が生じた場合も本文自体を組み替えずにapparatusにその旨を明記するのみに留めていた第25版までの編集方針を第26版の刊行に当たっては改め、本文とapparatusとを全面的に改訂したことである。このためNestle-Aland本文は第26版以降とそれ以前とで大きく異なるものになっている。その次の第27版はapparatusの追加に留まっており、最新の第28版も公会書簡を除いて本文に変化はない。

今回の講義では以上の如くNestle-Aland編集の歴史を概覧した。目の前のテクストをどのように読むかという態度決定を正確になすためには、それを無批判に読むのではなくて、それがいかなる手を加えられ、いかなる道筋を辿って我々の手許にまでやって来たのかということに、よく目を凝らす必要がある。その極限まで厳密な認識を潜り抜けた先に、〈自由〉はようやく開けてくる。

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