中垣太良
引き続き、マキャベリ『君主論』の献辞を読み進めている。今回の講読範囲を以下に引く(Inglese版より)。
〔[1] の後半より〕donde si vede molte volte essere loro presentati cavagli, arme, drappi d’oro, prete preziose e simili ornamenti degni della grandezza di quelli. [2] Desiderando io adunque offerirmi alla vostra Magnificenzia con qualche testimone della servitú mia verso di quella, non ho trovato in tra la mia suppelletile cosa quale io abbia piú cara o tanto esistimi quanto la cognizione delle azioni delli uomini grandi, imparata da me con una lunga esperienza delle cose moderne e una continua lezione delle antiche; le quali avendo io con gran diligenzia lungamente escogitate e essaminate e ora in uno piccolo volume ridotte, mando alla Magnificenzia vostra.
それゆえ、君主に対しては、その偉大さに値するような駿馬や武具、錦衣、宝石、またそういった類の装飾品が贈られるのを何度も見かけます。[2]ですから、私も閣下に対するいくらかの忠誠の証を携えてこの身を捧げたいと願っておりましたけれど、私の所持品の中には、現代の事柄についての長年の経験と古代の事柄についての継続した読書とによって身につけた、偉人たちの行いに対する認識以上に、私が大切に思い、重きを置いているようなものは見つけられません。それらは私が長年にわたり精を出して考え抜き、検討したものであり、いま一つの書物に凝縮して閣下に捧げます。(拙訳)
語彙についていくつか注意点があった。
“prete”とは注にあるように、”pietre”(女性名詞pietra「石」の複数形)が組み変わったものであり、このように同一語内で特定の音の位置が変化する現象を「音位転換」(metathesis)と呼ぶ。例えば「秋葉原」が[akibahara]>[akihabara]という音変化をたどっているがごとくである。
続いて“degno di~”は、ラテン語の奪格/属格支配の形容詞dignusが語源であることが指摘され、ここで『おんぱろす』《§. Ⅱ- [g]》の一節「ただし、Muḥammadは、ラテン語には、『大いなる賞賛に値するもの』multa laude dignusと訳される」が参照された。
さらにイタリア語では前置詞は単一使用が基本であるが、in fra(tra)「〜の間に」のように二つ重ねられることもあるというお話があった(英語で、The cat came out from behind the curtains. などと言えるのと同様である)。
最後に、マキャベリの文体的特徴として、しばしば単数形と複数形と混用するという点が指摘された。先行箇所には“uno principe”とあるのに、”loro”(=a loro)、”quelli”と、複数形の“i principi”を承けているかのような表現が見受けられるのは、そのためである。
Sogliono el piú delle volte coloro che desiderando acquistare grazia appresso a uno principe farsegli incontro con quelle cose che in fra le loro abbino piú care o delle quali vegghino lui piú dilettarsi; donde si vede molte volte essere loro presentati cavagli, arme, drappi d’oro, prete preziose e simili ornamenti degni della grandezza di quelli.
先生曰く、“si vede molte volte essere loro presentati cavagli, arme, drappi d’oro, prete preziose e simili ornamenti degni della grandezza di quelli”(「君主に対しては、その偉大さに値するような駿馬や武具、錦衣、宝石、またそういった類の装飾品が贈られるのを何度も見かけます」)という一節を見た時点で、マキャベリがそうした贈呈品の代わりに、長年の研究成果を本にしてロレンツォ・デ・メディチに捧げるという流れが見えるという。
わたしはここで、「書くことと読むことは同じことだ」といういつかの先生の言葉を思い出し、その一端を理解した。個々のテクストの感触は、水中を滑らかに進むように思えることもあれば、泥の中を泳いでいるかのような粘つきをみせたりとさまざまである。いざ飛び込んで予想外の感触が現れると、慣れない者はあわてて手足をばたつかせてしまう。しかし、ただ闇雲にもがけばいいのではない。文章には必ず流れがあるのだから、わたしたちはその流れを利用して泳いで(読んで)ゆけばいい。このとき、わたしたちはある一節を読んでいると同時に、作者の魂を纏って自らその続きを書き出しているのである。