講義紹介 2018年5月26日(世界史講義)

原典世界史講義は140回を突破し、水平線の果てにようやく日本の島影が望まれるようになりました。最近数回の講義では中国仏教史を概観し、特に三人の訳経僧、鳩摩羅什・真諦・玄奘の果たした役割や、日本仏教との関わりについて学びました。

 

上記三者のうち、日本でよく知られている仏典の訳者としてしばしば現れるのは鳩摩羅什と玄奘、例えば阿弥陀経や法華経は羅什訳、般若心経は玄奘訳が読まれています。ところで、これは今まで意識していなかったことですが、鳩摩羅什は4世紀から5世紀の人、玄奘は7世紀の人であり、当然ながら我が国に仏教が伝来したとき、信徒は現行の般若心経など読んでいなかったことになります。仏教公伝が6世紀前半のこととして、それ以前にも非公式に仏教が伝わっていたであろうことを考えれば、羅什が漢訳してから百年乃至百五十年ほど後には聖教は東瀛に達していたことになります。鳩摩羅什の後も仏典は続々と漢訳されてゆきますが、漢訳完成から日本伝来までの時間差は存外に短いものであったということができます。

 

密教の伝来についても同様のことが言えます。金剛頂経の訳者・不空が入寂したその年に、空海が生を受けたのです。空海や最澄はまさに最新の仏教を持ち帰ったことになりますが、それは同時に仏教の黄昏の余光であったことも忘れてはなりません。

 

仏教のヨーガ行は己を九分九厘の狂気まで追い込み、眼裏に曼荼羅として立ち現れる「世界」と対峙することを求めます。社会は僧院の高い壁と行者の痩せた瞼の向こう側に追いやられてしまいます。一切衆生の呻吟はいかにして行者の耳に届くのでしょうか。いまや菩薩行はどのように実践されるのでしょうか。行者とて、論書の論理にはいくらでも無理があり、己の坐する処が世間からいかに遠いかを知らないではありません。それでも瞑想を止めることは出来ません。彼は求道者だからです。瞑想が極まったとき、仏教は凋落を始めたのです。

 

原典世界史は、言語史・宗教史・文化史を中心に扱いつつ、現代の世界情勢の根源が那辺に在るかを知り、情勢を把握する枠組みを各人が獲得出来るようになることを常に意識してきました。仏教史も例外ではありません。日本仏教史は日本政治史の裏の歴史です。近代に入っても廃仏毀釈といった問題があります。今までもそうでしたが、今後ますます世界史が「他人事でない」ものになってゆく期待を抱きつつ、今回の報告を終えます。

 

(三村)

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