『原典黙示録』第90回 講義録
田中大
今回は『法華経』をめぐって、まさしく「大乗諸経の王」を論ずるに最もふさわしい重厚にして絢爛たる講義がなされた。
『法華経』概説は「近代インド学の父」P. M. E. Burnoufにはじまる。彼はフランスの学者でMax Müllerの師でもあった人物であるが、『法華経』に対して非常に強い関心をもっており、当時ネパールに駐在していたB. H. Hodgsonが『法華経』を含む梵語仏典写本を送ると、彼は即座に『法華経』翻訳に取り掛かったのであった。これが最初の『法華経』現代語訳の試みであるが、その成果P. M. E. Burnouf(tr.), Lotus de la bonne loiがここで参照された。Burnoufが仏訳を行った後にはKernが『法華経』英訳を完成させたが、それに続いて邦訳を試みたのが南條文雄であった。その訳は南條文雄、泉芳璟共訳『梵漢對照 新譯法華經』として刊行された。本書の冒頭には校合のための手書きの作業が行われた原稿の文面の写真が掲載されており、講義では実際にそれが参照された。そこには生の文献学の実践をそのまま見て取ることができ、アナログ的な言葉の世界のリアリティというものを見る者に追体験させるのであった。
続けて先生によって簡潔にして明瞭なる『法華経』校訂本文の歴史がその実物の書籍と共に紹介された。最初に成果を残したのは南條文雄で、彼はKernの助力も仰ぎつつ『法華経』校訂を行った。こうして完成したのがKern・南條本と呼ばれるもので、1908年から1912年にかけて5分冊で出版され、後に合冊版が刊行されたが、いずれも原典研究所所蔵の実物が登場した。これに対して、荻原雲来、土田勝弥がさらに多くの写本を参照し作成した本文が荻原・土田本と呼ばれるものである。その後のDutt本は以上二つの本文の折衷とでも言うべきものであり、Vaidya本はそれまでの各校訂本の成果をまとめたもので独自性はない。また蒋忠新による『梵文《妙法莲华经》写本』は基本的にKern・南條本、荻原・土田本に従っているのでこちらも新しい解釈に支えられた校訂本ではない。
こうして各校訂本の特徴が明瞭にされたところで、原典研究所の「至宝」のひとつである『梵文法華経写本集成』(全12巻)が登場した。これは三十種類以上の梵語仏典写本を対照して掲載したものである。これらに加えて『法華経』チベット語訳テクストが連載されている立正大学紀要『法華文化研究』も繙かれた。以上で、『法華経』の各校訂本、写本、チベット語訳の全てが――すなわち『法華経』研究に必要な書物全てが――教室の机上に並んだのである!
それがいかなる言語で書かれていたかということを考慮せずして、この『法華経』というテクストを読むことはできないが、まさにこの問題こそが、そのままインド言語史の一つの急所なのである。初期の仏教信徒たちはパーリ語をはじめとするプラークリットを用いていたが、彼らはやがてインド全国への布教のために当時の標準語であったサンスクリット語によって仏典を記すようになった。こうして書かれた初期仏典はプラークリットの要素が混ざった特殊なサンスクリット語であったが、これを「仏教混淆サンスクリット語」として初めて明確に区別したのが、アメリカの言語学者F. Edgertonであった。彼は1953年にBuddhist Hybrid Sanskrit Grammar and Dictionary(2vols.)、Buddhist Hybrid Sanskrit Readerを出版し、「仏教混淆サンスクリット語」研究の礎を築いた。『マハーヴァストゥ』महावस्तु、『ラリタヴィスタラ』ललितविस्तरといった仏伝――教祖の教えを一つの宗教として確立せしめるためにはその伝記を編纂することが肝要である――に加えて、今回の講義の主題であるところの『法華経』も、とりわけその偈の部分にこの「仏教混淆サンスクリット語」がみられるのであるが、無論これは標準的なサンスクリット語の知識だけでは読むことができないため、こうした研究書を参照することが必要となる。これは仏典に挑まんとする者全てにとって不可欠にして貴重な案内である。
今回はこれらを前提としつつ、『法華経』本文読解の実践が行われた。取り上げられたのは、日本仏教において特に重視され、しばしば「観音経」として別行される「観世音菩薩普門品」であった。その中で世尊が観世音菩薩について説く箇所において登場するkṛta-nidhīnāṃという語について検討がなされた。現在最新の『法華経』全訳本である植木雅俊訳は、当該の語を含む箇所を以下のように訳している。
さらに、良家の息子(善男子)よ、もしも幾百・千・コーティ・ナユタもの衆生たちが、大海の真ん中で、金貨、[…]、赤真珠などの収蔵をなした船に乗っている時
当該の語は「収蔵をなした」と訳され、後ろの「船」に修飾する語とみなされている。しかし先生曰く、これは誤りである。ここで鳩摩羅什訳が確認された。
百千萬億衆生爲求金[…]眞珠等寶入於大海
羅什訳では該当箇所は「……を求める為に」と訳されている。これに加えてチベット訳をも参照すれば、この語は「船」を修飾すると理解するべきではなく、「…を積み込んで[/積み込む為に]」と訳すべきであると結論付けられるとのことであった。蓋し、テクスト本文の〈流れ〉を鑑みるならば、この訳が適切であるだろう。
ここに仏典の邦訳という恐るべき問題が垣間見えてくる。今回の講義の中で実践された先生の翻訳・読解は、決して受動的・機械的な営みではなく、以上のようなテクスト状況を全て引き受けながら、「いかに仏典を――ひいてはあらゆる言語で記述された聖典を――日本語で語り直しうるのか」という〈問い〉の次元においてはじめて成立する創造的な言語的営為にまで高められている。ゆえにそこに余剰は生じず、先生の言葉は常に一言で決着する。そこから帰結する決定的な〈実演〉を目の当たりにする感動こそが、90回分の講義録を書き続けてきた私の力の源泉なのであった。