イタリア語講座 第20回(3/14)講義録〔3/27改稿〕

中垣太良

今回の講義では、『君主論』(Inglese版)第1章全範囲を講読した。

[Ⅰ]
QUOT SINT GENERA PRINCIPATUUM ET QUIBUS MODIS ACQUIRANTUR

[1] Tutti gli stati, tutti e’ dominii che hanno avuto e hanno imperio sopra gli uomini, sono stati e sono o republiche o principati. [2] E’ principati sono o ereditari, de’ quali el sangue del loro signore ne sia suto lungo tempo principe, o sono nuovi. [3] E’ nuovi, o e’ sono nuovi tutti, come fu Milano a Francesco Sforza, o sono come membri aggiunti allo stato ereditario del principe che gli acquista, come è el regno di Napoli al re di Spagna. [4] Sono questi dominii cosí acquistati o consueti a vivere sotto uno principe o usi a essere liberi; et acquistonsi, o con l’arme d’altri o con le proprie, o per fortuna o per virtù. 

[Ⅰ]
君主国の種類はどれほどであるか、そしてそれらはどのような方法によって獲得されるか

[1] すべての国家、人民に対して支配権を持つすべての政治権力は、それまで、あるいは現在、共和国であるか、君主国であるかのどちらかである。[2] そして君主国は、領主の血統が長い間君主の座を占めていた世襲の君主国か、新しい君主国かである。 [3] さらに新しい君主国は、ミラノのフランチェスコ・スフォルッツァに対するがごとく、完全に新しいものと、あるいはナポリ王国のスペイン王国に対するがごとく、それを獲得した君主の、世襲の国家に接合された手足のようなものとがある。[4] このように獲得された領土は、君主の下で暮らすことに慣れているか、自由でいることに慣れているかである。そしてそれらは他国の兵力あるいは自国の兵力によって、また幸運あるいは資質によって獲得される。(拙訳)

まずは、表題のラテン語について。この箇所に対するInglese版の脚注≪Di quante ragione sieno e’ principati e in che modo si acquistinoは校訂者による現代イタリア語訳ではなく、『君主論』初版本の第1章表題を引用したものである。河島英昭訳(岩波文庫)曰く、1532年に出版された『君主論』初版における第1章表題はイタリア語で書かれており、それ以降、伝統的にイタリア語表記が採用されていた。だがChabod版(1924年)をはじめ、Casella版(1929年)、Inglese版(1995年)など、近年ではラテン語表記の手稿を重要視する校訂方針が主流となった。講義では、F. Chabodが序論と注釈を、Luigi Firpoが編集を行った校訂本(Einaudi, 1961年)が参照されたが、やはりInglese版と同様、表題はラテン語表記を採用し、初版本のイタリア語表題を注で付すというやり方である。

本文に入る。前回講義で述べられたように、この部分で重要なのは、マキャベリがどのような意味で“stato”を用いているかーー拙訳では仮に、「国家」としてみたがーー、ということである。

メログラーニ版(現代イタリア語との対訳)はこれを“Stato”と訳している。なぜ大文字始まりなのが気になるところであり、伊和中辞典や伊伊辞典を引けばその答えはきっと得られるだろう。しかし、あえて遠回りに見える道を取ることとしよう。なぜなら、我々がここで行おうとしているのは答えを求める「検索」ではなく、<探究>とそれに伴う<体験>だからである。迂遠に思える<探究>のトンネルを進む時間のうちに<想像力>が呼び起こされる。やがてトンネルの先に色鮮やかな言語風景がぱっと開ける。最短経路の「検索」を取ったときには見逃されかねない豊潤さである。そして、その感動を糧として、我々は次なる<探究>に向かっていくのだから。

さて、取り出されたのはHarvey C. Mansfieldの英訳(University of Cicago Press)である。本書の脚注によれば、“stato”にはstatus、stateという2つの密接に関連した意味がある。そしてマキャベリのいう“stato”とは、一般的な意味ではなく、特定の個人のstateを指す、という。続いて寺澤芳雄ら編『英語語源辞典』(研究社)で“state”を引く。するとこの語はラテン語status「姿勢;位置」(<stare「立つ」)から古フランス語に借用されestat(現代フランス語ではétat)となりーーフランス語の音節構造では、一音節内に“st-”という子音連続は許容されないため、語頭に母音が挿入(epenthesis)され、子音連続を二音節に分割(“es-tat”)しているのであるーー、さらに中期英語へと借用されstatとなったのだという。そして、13世紀初頭、中期英語への最初の借用の際にはラテン語の原義を保ち、「状態;形勢」を意味した。14世紀には「地位;身分」や「威厳」といった意味が、15世紀初めには「階級」の意味が現れる。肝心の「国」の意味の初出は1538年で、それはフランス語の語義からの借入だったという。

ここでラテン語の原義に遡るため、田中秀夫編『羅和辞典』(研究社)が参照された。まず自動詞sto「立つ」と他動詞sisto「立たせる、立てる」が同根語としてあり、これらを語源とするstatusには「姿勢;態度」、「位置」、「地位」といった意味はあれど、「国」は語義として掲載されていない。

では、フランス語ではどうか。まずルネサンス期までの中世フランス語辞典Dictionnaire du moyen française: le Renaissance(Larousse)が参照された。この時代には綴り字はestatである。ラテン語statusからの借用で初出は1213年、「状態(Condition)」、「階級(Position hiérarchique)」、といった語義は載っているが、「国」は見当たらない。次に、17世紀の古典フランス語辞典Dictionnaire du française classique: le XVⅡème siècle(Larousse)が参照された。綴り字が変化してétatになっており、まず「社会的状況、地位、状態、職業」とある。続いてその他の語義や、イディオムが掲載されている末尾に、“D’ État”ーー“raison d’ État”「国家理性」もこの項目に含まれるーーが掲載されている。ここにようやく「国」の意味が現れており、さらにそれは”État”と、大文字始まりで示されていたのである!

続いて、満を持して繙かれたのが、Alain Rey 監修, Dictionnaire Historique de la Langue Française (2vols)である。本書は単に時系列的な語源記述のみならず、語の用法がどのように変遷していったかという「語誌」まで記した、最も詳細なフランス語の語源辞典である。これは驚くべき労作であり、フランス語はおろか他のどのような言語の工具書をあたっても類書は見当たらない、

本書は、特殊な意味だったものが、一つの語彙項目(unité lexicale; 英lexical unit)を構成するようになった例として、まさに大文字始まりのÉtatを挙げているーーというよりは、ラテン語statusに淵源する他の語義との関連性が薄くなったため、独立した語彙項目としてみなされるようになり、弁別のため大文字始まりとして綴られるようになった、ということであろうーー。14世紀末、「同じ権力に従属している人間集団(un groupment humain soumis à une même authorité)」の意味での用例が現れるーーこの時点では、無論、estat(état)の「特殊な意味」に過ぎなかったのだがーー。続いて1549年に「民と領土との集合体に対して行使される独立した権力(l’autorite souveraine qui s’exerce sur l’ensemble d’un peuple et d’un territoire)」の意の用例が現れると、以後、さまざまなフレーズのなかでーーごく一部を挙げると、Coup d’État「クーデター」(1598年初出)、Raison d’État「国家理性」(1609年初出)などーー用いられるようになる。

ここで『君主論』仏訳を参照してみると、Yves Levy訳(GF Flammarion)では“États”、Marie Gaille-Nikodimov訳(Librairie générale française“, Le Livre de Poche”)では”états”が採用されている。後者は、イタリア語“stato”はフランス語の“États”の語義よりも広い意味を含むため、“états”と訳した、というように述べている。

さて、ここまでの過程を経た上で、ようやく伊伊大辞典Il Nuovo Zingarelli: Vocabolario della lingua Italianaで“stato”を引こう。すると、三項目が立てられており、一つ目はessereの過去分詞の項目、二つ目はラテン語statusに淵源する、「立ち止まっていること、状態、社会階級」という意味が並ぶ項目、三つ目が「国」の項目である。続いて『伊和中辞典』を引くと、「1 状態、ありさま、状況、模様」、「2 身分、地位、生活状態、境遇」、「3 ⦅ときにS-⦆国家、国、政体、政府」と出てくる。両書とも、フランス語と同じく、「国」の語義は別項目で立てているのがわかる。ここで冒頭の疑問は解けた。メログラーニ版は、大文字始まりの”Stato”を用いることで、多義的な“stato”を「国」の意味に確定させて訳しているということである。

だが、最も重要な問題がまだ残っている。今まで「国」という漠然とした語を用いていたが、その内実は何か。各種邦訳を参照すると、河島英昭訳(岩波文庫)は「政体」、池田廉訳(中公文庫)は「国」、森川辰文訳(光文社古典新訳文庫) は「国家」、佐々木毅訳(講談社学術文庫)は「支配権」と、訳語は三者三様である。

マキャベリが生きたのは、主権国家体制が成立するウェストファリア条約締結(1648年)より百年以上前の、都市共同体(コムーネcommune)ーーこれに近代政治学の概念を想起させる「国家」の訳語を当てるのは的を外しているだろうーーが分立するイタリア半島であった。さりとて、マキャベリは“commune”の語を用いていない。“commune”の政治制度の種類である“podesta”や“signoria”といった語も持ち出していない。さらには、「国」として一般的に広く用いられる“paese”という語も避け、彼はあえて“stato”と書いているのである。

先生曰く、強いて同時代の日本と対照してみるならば、「おくにはどちらですか?」「信州です」と言うときの「くに」が、イタリアの各都市共同体に相当する。この場合の「くに」とは、幕藩体制下における藩であるーー当時の日本が、まとまりを持った「州」の集まり(「長」、「信」など)だと考えると、現代のアメリカ合国(United States)との意外な共通性が見えてくる点は興味深いーー。しかしイタリアでは江戸幕府のように、全域を支配する中央集権的な支配権力が存在していた訳ではなく、各々の“stato”は独立性を保っていた。これに訳語を当てるのは非常に難しいが、「藩国」とでも訳すのが適切ではないか、と。

今回の講義は、マキャベリの“stato”意識を探るための、語源をめぐる大航海であった。『「バルタザール」考』で先生が見せた鮮烈な舵取りの一端をまた教室で体験できるとは、何たる僥倖だろうか。

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