中垣太良
今回は講読に入る前に、簡単にアルバニア語の工具書紹介が行われた。文法書としてMartin Camaj, Albanian Grammar(Otto Harrassowitz,・Wiesbaden)、数少ないアルバニア語ー英語辞書として、Gasper Kici, Albanian-English Dictionaryが紹介された。アルバニア語は規則的な格変化の体系を有しているという点が重要視され、印欧語族としてグルーピングされているものの、語族内の他語派との共通語彙は少ない。また、イリュリア語やトラキア語の子孫とされるが、この両言語は固有名詞にその痕跡を留めるばかりで文献資料は皆無であり、アルバニア語との系統関係を「文証」(attestation)するのは極めて困難である。ここで「アルバニア」という固有名詞そのものの語源に目を向けるならば、この語はローマ帝国時代に、カスピ海に面したコーカサス山脈南東地域を指す名として用いられていた。しかし、そこに存在していた「カフカス・アルバニア王国」と、現在の「アルバニア共和国」とは歴史的に全く無関係だと言われる。どうもアルバニアの起源を遡ろうとすると、目に見えぬ奇妙な壁に阻まれるかのようである。
我々は前回までの講義に引き続き、マキャベリの“stato”意識を<探究>している。それは『君主論』読解における絶対条件であるばかりでなく、同時に国家・民族・言語という諸要素がどのように相互に絡み合い、現代の国際問題の火種となっているかという<問題系>を引き摺り出す過程でもある。冒頭のアルバニア語の工具書紹介は受講生から所望されたものであったが、アルバニア語の起源は何か、そして「アルバニア」なる語の起源は何か、と疑問を転じていったとき、奇しくもこの<問題系>と接続した。このように<探究>の端緒には自発的な“good question”が必要であり、それを発するための「着眼力」を磨くには、等質な政治的概念のフィルター抜きに実情を見つめる<眼>を持たねばならないのである。
それでは、『君主論』の“stato”問題に戻ろう。
まず参照されたのは、C. D. Buck, A Dictionary of Selected Synonyms in the Principal Indo-European Languages: A Contribution to the History of Ideas(縮刷版、The University of Cicago Press)である。本書は印欧語族の基本語彙について伝統的なシソーラスを参考に意味分類を行い、アルバニア語派・アルメニア語派を除く全語派の主要言語における対応語を比較した力作である。そこで、”country”(”European Countries”と言うときの”country”)の項目を引いてみると、次の対応表が記載されている。
| ギリシャ語 | χώρα, γῆ, χθών | ゴート語 | land | リトアニア語 | kraštas, žemė |
| 現代ギリシャ語 | χώρα, τόποσ | 古ノルド語 | land | ラトヴィア語 | zeme |
| ラテン語 | fīnēs, terra | デンマーク語 | land | 教会スラヴ語 | strana, zemlja |
| イタリア語 | paese | スウェーデン語 | land | セルボ=クロアート語 | zemlja |
| フランス語 | pays | 古英語 | land | チェコ語 | země |
| スペイン語 | país | 中期英語 | land, contree | ポーランド語 | ziemia |
| ルーマニア語 | țară | 現代英語 | country, land | ロシア語 | strana |
| (古/中期)アイルランド語 | tīr, crīch | オランダ語 | lant | サンスクリット語 | deça-, visaya-, jana-, pada- |
| アイルランド語 | tīr | 古期高地ドイツ語 | lant | アヴェスター語 | daikhu- |
| ウェールズ語 | gwlad | 中期高地ドイツ語 | lant | 古ペルシャ語 | dahyu- |
| ブルトン語 | bro | 新高地ドイツ語 | land |
太字にして示したが、イタリア語paese・フランス語pays・スペイン語paísは、他の語派とは語源を異にしているばかりか、ラテン語fīnēs, terraから発達したわけでもない。これらは後期ラテン語pāgēnsis(古典ラテン語pāgus「地域」からの派生語)に淵源するのである。ここで寺澤芳雄編『英語語源辞典』(研究社)が引かれると、意外にもpeasantやpaganと同源語であることがわかった。
我々の目的はマキャベリの意識を探ることであって、そのための語源的渉猟は、3回に亘る講義に依って一通り済んだと言っていいだろう。ここからは、イタリアにおける都市共同体の内実と、イタリア半島の政治的状況とに考えを巡らせる必要がある。
当時のイタリアの都市共同体は、領域が市壁内部に限られた北西ヨーロッパの都市とは異なり、市壁内及び市壁外の広大な農村地域(コンタード)という二層から成っており、その全域に都市法が適用されていた。そして都市貴族が農村地域に所領を有していたように、両者は密接に結びついていたのである。北西ヨーロッパにおける都市国家と比べると、近代的な「国家」に僅かに近づいた状態であり、言うなればイタリアは「領域都市」が分立していたのである。ここで都市共同体の外部に視野を広げると、当時イタリア半島はフランス王と神聖ローマ皇帝との鍔迫り合いの地として緊迫した情勢が続いていた。マキャベリはこの状況を憂えるように、『君主論』最終章の表題として「イタリアを手に入れ、そして蛮族たちから解放して自由にするための勧告」(EXHORTATIO AD CAPESSENDAM ITALIAM IN LIBERTATEMQUE A BARBARIS VINDICANDAM)と銘打っている。
以上を踏まえ、受講生に対し、“stato”の適切な訳語を自問する時間が与えられた。「所領」、「治国」、「領国」……いくつか考えてみたが、なかなかぴったり来るものがない。
しばらく経つと先生は言われた。前回は「藩国」というように訳したが、これは「国体」と訳すことも可能であろうーー言うまでもないが、これは党派的イデオロギーに与した意味では当然ないーー、と。この訳であれば、イタリアからの外敵の追放と、おそらくイタリアにおける統一「国」樹立を理想としていたマキャベリの意図を込めつつ、一方で実態的な政治「体」制のニュアンスも含み得る。
<書物>により現実世界を注釈し、また現実世界により<書物>が注釈されるという<記述論的読み>は拡散・収斂を無限に繰り返しながら更新され続けるのであって、講義が進むにつれて訳を改める必要性が生じることも十分あり得る。しかし前2回と今回の講義を通じて、我々は確かに一つの立場を選択し、『君主論』を読み解く上での出発点に立ったのである。