150回に及ぶ世界史講義は文字通り全世界にわたる歴史読解の方法を展示し、一つの終着を見た。それは授業という形をとった〈方法叙説〉であったに違いない。我々の前には〈世界〉が開かれたのだった。「世界という書物」なる語は、ここに至って新たに読み解かれる。我々にとってこの語はもはや、「いわゆる書物の外に世界が広がっており、そこには学ぶべきことが多くある」といった凡庸な認識を指すものではない。我々が理解するのはむしろ、〈世界〉とは〈テクスト〉にほかならないということである。もしある人がその「証拠」を求めるならば、我々は原典研究所を、そしてここでの授業を証拠として示すことができる。実際、我々の前には膨大な書物が広げられたのだった。
〈世界〉が〈テクスト〉であるとは、それが読まれ、理解さるべきものだということである。そして読解には方法が必要である。〈世界史〉講義は、世界を諸テクストとして見出すことにより、それを一つの方法のもとに理解するという試みであったといえる。
哲学を自称する事業はしばしば、何らかの体系を案出し、そのもとであらゆる事象が記述されうることをもっておのれの普遍性を主張する。しかし問題は、その体系の必然性が奈辺に存するかである。あらゆる事象が記述されうるということは、その体系の恣意性を示す徴表でもありうる。だが世界史講義を一貫した方法としての記述論は、そうした意味での「体系」ではない。固より方法の必然性は、その対象から与えられるものである。一つの方法としての記述論の必然性は、まさにテクストとしての〈世界〉を読みうるということによって与えられるのである。
だが世界をテクストとして理解するということは、それ自体恣意的な選択であるとは言えないだろうか。確かに、学問がどのようにその対象を見定めるかということは、一般に恣意的なものであるように思われる。というのも、何が対象として捉えられるか、何を同一のものとして扱うかといったことはまさに学問を規定する選択であり、その選択が事実多様でありうることによって、多くの実証科学が成立したといえるからである。この「対象を見定める」地点において、学問は恣意性を持つ。
ところが「対象」が人間の記述である場合には、そうした恣意性は許されない。なぜなら記述は、それ自身のうちに己の理解を含んでいるからである。「読む」ということは、その理解を理解するものでなければならない。そして、そうした意味での人間の記述を学問の対象として選び取るということは、学問をほかでもない、人間の営みとして行うという決断に基づく。これが〈記述論〉の意味するところである。確かにこれは「選択」である。しかし必然的な選択というものがあるのだ。それは人間としての必然性である。ここに、記述論がテクストとの「対話」とならざるをえぬ所以がある。
そして、記述がすでに己のうちに含み持っている「理解」と対話しうる地点とは、テクストの成立する場面にほかならない。従って〈記述論〉は、〈世界史〉とならざるを得ないのだ。
世界史とは、なにか世界の一要素とか、一側面としてあるものではない。世界はテクストとして捉えられる限り、歴史的である。その意味で、世界史講義は、〈世界の学〉にほかならなかった。〈記述論〉=〈世界史〉はまさに、人間として世界を理解するための必然的な哲学的方法である。
我々は世界史講義の道のりにおいて、「世界は理解することができる」ということを学んだのだった。そしてそのために何が必要であるかを学んだのだった。それはきわめて具体的に示される。すなわち、原典と辞書と文法書である。そのそれぞれが、多大な苦心の末にはじめて摑み取られ、形をとるということを、我々は見てきた。しかもそれらは「読む」ということのために取り出されてくるゆえ、読むことがやまない限り、終わることなく修訂されるものである。
何が世界において原典であるのか、何が読まれるべきなのか、こればかりは、己の「読む」ことのために、己の必然性において見出されねばならないだろう。必ずしも、いわゆる世界全体を相手にする必要はないかもしれない。だがひとたび決断したならば、いかなる〈辞書〉や〈文法書〉が必要となるのか――このことを我々は学び取ったはずである。
(宮田)