講義紹介 2018年9月11日(ドイツ語講座)

 今回の講義は、先週台風のため休講であったこともあり、前回の範囲の復習に当てられた。その際先生は前回とはまた違った語り口でシュペングラーの文章を読まれた。今回の記事ではその点について触れたい。
 この節は、「世界史とは何か」という問いから始まる。そして、世界史の形態を知ることが、世界史における個々の事象に関して個別的に知識を深めることでもなければ、またそれら個々の事象に関する知識を単に主観的に関連付け、そのこにより全体像を恣意的に描き出すことでもないことが述べられる。そしてその後、「古代-中世-近世」という時代区分が、薄弱な根拠に基づく恣意的な図式として批判対象となる。
 私が今回印象的であったのは、先生がこの節の第二段落に関して述べられたことである。以下第二段落を訳出する。
 確かに尋ねられれば人は誰であれ、歴史の内的な形態を明晰かつ判明に見破っていることを確信するだろう。この幻想は、歴史の内的な形態に関して誰も熟考したことがないということ、また、ここある全てに関して疑うということが可能であるということを誰も予感しておらず、そのために彼らの知識に関して疑われることがなお少ないということに基づいている。実際問題、世界史の形態は未検討の精神的な所有物である。それは職業的歴史家たちのもとで世代から世代へと受け継がれている。そして、ガリレイ以来我々の先天的な自然像を分析し深化させてきた懐疑のひとかけらこそが、この所有物には極めて必要なのである。
 この段落に関して先生が述べられたのはイデオロギーの問題であった。さしたる理由もなく、ある人は朝日新聞を、またあるひとは産経新聞を取るだろう。その結果、そうした新聞が前提としているイデオロギーにそって歴史を理解することになってしまうかもしれない。またこうした現象は職業的歴史家たちの集団に関しても同様に生じるのであり、ある時代の歴史家たちが同様のイデオロギーを無自覚的に前提として歴史を叙述してしまうということも往々にして見られることである。
 もちろんシュペングラーが本節で批判するのは先生の述べた意味でのイデオロギーでなく「古代-中世-近代」の時代図式である。また先生の述べたことによれば、シュペングラーの時代では現代におけるほどイデオロギーの問題が顕在化してはいなかったのであり、その意味で、ここではシュペングラーのテクストをただそのまま読むということから離れることが試みられているということができるだろう。先生があえてこうした注釈をつけたのは、ある種のイデオロギーに貫かれた歴史観がさして批判されることもなく前提として共有されてしまうという事態が、シュペングラーをまさに今読む上で参照する価値のあるアクチュアルな問題であるからだろう。こうした点に、原典研究所が語学塾である以上に、広く深く問題を論じようという志向をそなえたひとつの思想的な場であることがにじみ出ているように思われる。
 先生曰く、イデオロギーの内部にいる人間とは対話は不可能であり、そのためイデオロギーはシュペングラーの挙げた時代図式と同じく強固に歴史認識に影響するという。私にはここで先生の使われているイデオロギーという言葉をどこまで広くとっていいものかわからない(同様にそのミニマムな意味がなんであるのかも知らない)が、イデオロギーの内部にいる人間にはイデオロギーの存在をそれとして感知することはできないという事態は、つきつめれば世界と私との間の認識論的な断絶の問題に行き当たるように思われる。いずれにせよ人間は何らかの解釈枠組みをもって世界を認識するのであり、それをどこまで反省したとしても確実性の証はない。とりわけ世界史を認識し解釈することに関しては、それが素人目からすれば様々な観点から無秩序に語れうるように思われるだけに、常にこうした不安がつきまとう。こうした不安は、シュペングラーが本節で扱った、誰でも「歴史の内的な形態を明晰かつ判明に見破っていることを確信」しているという事態と表裏一体のものだろう。シュペングラーの「世界史の形態学」が、こうした不安に対する処方箋となりうるものであるか、注視していきたい。
(K)

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