『原典黙示録』第97回(4/2) 講義録

『原典黙示録』第97回 講義録

田中大

講義の主題は前回までの印欧語学・文献学からセム語学に移り、今回は先生の御厚意で私が関心をもつ旧約聖書研究にとりわけ重要であるところのウガリット学が講じられた。

まず最初にJ. Kaltner, S. McKenzie et al., Beyond Babel: A Handbook for Biblical Hebrew and Related Languagesが繙かれた。本書は旧約聖書研究に関わる諸言語(アッカド語、アモン語・エドム語・モアブ語、アラビア語、アラム語、エジプト語、聖書・碑文ヘブライ語、聖書以後のヘブライ語、ヒッタイト語、フェニキア語、ウガリット語)についてそれぞれの専門家が概説したものである。そのウガリット語の章の文献案内を繙けば、文法書としては、簡便なS. Segert, A Basic Grammar of the Ugaritic LanguageD. Sivan, A Grammar of the Ugaritic Language、そして最も包括的なJ. Tropper, Ugaritische Grammatikが紹介されていたが、これらはいずれも講義の中で実際に繙かれた。

さらに加えて、Cyrus H. Gordonによる初期のウガリット語研究の集大成C. H. Gordon, Ugaritic Textbookや、ウガリット語大辞典G. del O. Lete, J. Sanmartín & W. G. E. Watson(ed. & tr.), A Dictionary of the Ugaritic Language in the Alphabetic Tradition (2vols.)が紹介された。また、ヘブライ語聖書理解の手掛かりとなるウガリット語テクストを集めたL. R. Fisher & S. Rummel(eds.), Ras Shamra Parallels (3vols.)はウガリット学の成果を踏まえた聖書研究を行うための必須文献である。

また、今回は隣接する分野であるシュメール語・アッカド語研究の成果である書物までも参照された。まず登場した『ギルガメシュ叙事詩』の訳注付き本文R. C. Thompson, The Epic of Gilgameshは長きに亘り様々な翻訳の底本として用いられてきた最初期の校訂本文であった。次に登場したA. George, The Babylonian Gilgamesh Epic: Introduction, Critical Edition and Cuneiform Texts (2vols.)は現在参照可能なすべての断片を検討して校訂した本文であり、現在の決定版テクストといえる。また、B. Alster, Wisdom of Ancient Sumerはシュメール知恵文学を集め解説を附したものである。バビロニアの知恵文学を集めたW. G. Lambert, Babylonian Wisdom Literatureはこの分野の古典的名著で、これと同様の仕事を『エヌマ・エリシュ』に対して行おうとしたのがW. G. Lambert & S. B. Parker, Enūma Elišであるが、こちらは楔形文字原文を筆写したテクストのみを収録した本となっている。さらにシカゴ大学東洋学研究所より刊行された全26冊にもおよぶThe Assyrian Dictionary (21vols.)はこれらのテクストを読み解くための最も詳細な大事典である。

さて、話題はウガリット学に戻る。加えて紹介されたのは、W. M. Schniedewind & J. H. Hunt, A Primer on Ugaritic: Language, Culture, and Literatureであった。これは様々なジャンルのウガリット語のテクストを読み解くことを通じて帰納的に文法を学ぶことができる好著である。ここで、本書に掲載されている例文が問題となった。

l.trǵds w.l.klby šmʿt.ḫtʾi nḫtʾu. (KTU 2.10:5)
【発音】/le-tarǵadassi walekalbiya šamiʿtu ḫitʾē naḫtaʾū/
【英訳】From Tarǵadassi and from Kalbiya I have heard of the defeats by which they were defeated

KTUとは現在標準的なウガリット語テクスト全集として利用されているKeilschrift Texte aus Ugaritである。原典研究所にはその第2版M. Dietrich, O. Loretz & J. Sanmartín(eds.), The Cuneiform alphabetic textsが所蔵されている。早速本書を繙くと、その第2部Lettersの第10番のテクストに問題の一文が含まれていることが確認できた。

取り上げられたのは、I have heardと訳されている動詞šmʿtの発音である。本書ではこの語をšamiʿtuと読んでいる。こうした母音の再現はいかなる根拠の下になされているのだろうか。ここでもう一冊の文法書P. Bordreuil & D. Pardee, A Manual of Ugariticが参照された。こちらにも例文として同じテクストが掲載されているが、本書では当該箇所をšamaʿtuと読んでいることが確認された。それぞれの文法書においてこの動詞の語根部分šmʿに附した母音が異なっているのである。この違いはなぜ生ずるのか。

ここでW. L. Holladay(ed.), A Concise Hebrew and Aramaic Lexicon of the Old Testamentが参照される。ウガリット語動詞šmʿに対応する聖書ヘブライ語動詞שׁמעを引けば、一般的なヘブライ語動詞の例に漏れず、שָׁמַע shāmaʿと母音記号が付されている。他方、H. Wehr & J. M. Cowan(ed.), Arabic English Dictionary of Modern Written Arabicで対応するアラビア語動詞سمعを引けば、その発音はsamiʿaと記載されている。これらを踏まえ、先生によって指摘された実に興味深い結論は、Schniedewind-Huntの文法書はアラビア語式に、Bordreuil-Pardeeの文法書はヘブライ語式に母音を再建したということが推測できるということであった。

一目でこういった問題の急所を見抜けない者は、亡羊の嘆にくれるのみで生涯を終えてしまうことになる。しかしこのような洞察は自ら行うことも、人に教えることも決して容易ではない。こうした「勘所」を教えるということは真の独学者にのみ可能なのであって、これこそが単に情報を伝えるということに止まらない、本当の意味での〈教育〉なのだろう。こうした教えを受けたときに生じる驚嘆によって、ひとは自らの力で言葉の大洋に漕ぎ出すことができるのである。

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