『原典黙示録』 第98回(4/9) 講義録

『原典黙示録』 第98回 講義録

田中大

今回の講義の主題は楔形文字である。この文字は様々な言語の表記のために用いられたが、今回はシュメール語・アッカド語を中心に、ヒッタイト語や古ペルシア語も視野にいれた概論がなされた。

まずメソポタミアの主要な神話テクストとして登場したのは、メソポタミア文学の楔形文字テクスト原文を収録した叢書State Archives of Assyria Cuneiform Textsより、『ギルガメシュ叙事詩』S. Parpola(ed.), The Standard Babylonian Epic of Gilgamesh、『エヌマ・エリシュ』P. Talon(ed.), The Standard Babylonian Creation Myth: Enūma Eliš――この神話の注釈書としてはA. Deimel, “ENUMA ELIŠ” und HEXAËMERONが有用である――、『イシュタルの冥界下り』L. Pirjo(ed.), The Neo-Assyrian Myth of Ištar’s Descent and Resurrection、さらに碩学Wilfred G. Lambertらによる『アトラ・ハシース』本文・訳注W. G. Lambert, A. R. Millard & M. Civil(eds.), Atra-Ḫasīs: the Babylonian Story of the Floodであった。

これらの神話に勝るとも劣らない重要性をもつのが『ハンムラビ法典』である。法典本文は、ハンムラビ法典の楔形文字テクスト原文E. Bergmann, Codex Hammurabi Textus Primigeniusや、法典の楔形文字本文に音訳、英訳、グロッサリー、記号一覧、固有名詞一覧が附されたR. F. Harper, The Code of Hammurabi King of Babylon: About 2250 B.C.のほか、対訳本M. E. J. Richardson, Hammurabi’s Laws: Text, Translation and Glossary――同著者によるハンムラビ法典読解のための文法概説書としてM. E. J. Richardson, A Comprehensive Grammar to Hammurabi’s Steleがある――によって読むことができ、また和書としては飯島紀『ハンムラビ法典―原典直訳』、佐藤信夫『古代法解釈―ハンムラピ法典楔形文字原文の翻訳と解釈』がある。そして法典の序文に着目した研究書として注目に値するのがV. Hurowitz, Inu Anum Ṣīrum: Literary Structures in the Non-Juridical Sections of Codex Hammurabiである。この法典の序文が注目されることは少ないが、講義において原文で確認されたように、「ハンムラビ」という名はその中にのみ現れる。即ちこの序文は、後に続くテクストが誰の名の下に発布された法典であるのかを示しており、それをいかに読むかという態度を定めるうえで決定的な意味をもっているのである。

そのほかR. Borger, Babylonisch-assyrische Lesestücke (2vols.)(第一巻は音訳テクスト、第二巻は文法・文字、グロッサリー、楔形文字テクストを収録)、Theo Bauer, Akkadische Lesestücke (3vols.)(第一巻は楔形文字テクスト、第二巻は記号一覧、コメンタリー、第三巻はグロッサリーを収録)は、少々古くはあるがアッカド語テクスト研究のための包括的な資料を提供する。さらに歴史に関わるテクストとして、年代記に分類されるアッカド語テクストを集めたA. K. Grayson, Assyrian and Babylonian Chronicles、新アッシリア帝国の碑文を集めたRoyal Inscriptions of the Neo-Assyrian Periodシリーズの第1巻S. Yamada & H. Tadmor(eds.), The Royal Inscriptions of Tiglath-pileser III(744 – 727 BC) and Shalmaneser V (726 – 722 BC), Kings of Assyriaが登場した。

また文字辞典としてはR. Borger, Mesopotamisches Zeichenlexikonに加え、アッカド・シュメールの楔形文字の歴史的変遷を詳述した名著R. Labat & F. M.-Labat, Manuel d’épigraphie akkadienneがある。ReneFlorenceの父娘はいずれも優れたオリエント学者で、バビロニア、ウガリット、ヒッタイトの宗教テクストを集成したR. Labat et al.(eds. & trs.), Les Religions Du Proche-OrientReneはバビロニアの章を担当)や、ベヒストゥーン碑文のアッカド語の文法概説書F. M.-Labat, La version akkadienne de l’inscription trilingue de Darius a Behistunは彼らそれぞれが遺した業績である。また、D. B. Miller & R. M. Shipp, An Akkadian Handbook: Paradigms, Helps, Logograms and Sign Listsはアッカド語学習者が常識としておさえておくべき事項をまとめた有用な手引である。

楔形文字を用いた印欧語族の言語としてはヒッタイト語と古ペルシア語があるが、これらの言語については、ヒッタイト楔形文字辞典E. Neu & C. Ruste, Hethitisches Zeichenlexikon: Inventar und Interpretaion der Keilschriftzeichen aus den Bogazköy-Texten、ヒッタイト語文法書H. A. Hoffner Jr., & H. C. Melchert, A Grammar of the Hittite Language (2vols.)(第1巻が参照文法、第2巻が問題集)、古ペルシア語テクスト集R. Schmitt, Die Altpersischen Inschriften Der Achaimeniden、古ペルシア語辞典R. Schmitt, Wörterbuch der altpersischen Königsinschriftenのほか、古ペルシア語の文法、テクスト、辞書を収録したR. G. Kent & M. B. Emeneau, Old Persian, Grammar, Texts, Lexiconが紹介された。最後の古ペルシア語研究書は現在では聊か古く、本書において仮説的に付されていた母音を挿入しない方針でRüdiger Schmittによって校訂・編集された碑文集Die Altpersischen Inschriften Der Achaimeniden、辞書Wörterbuch der altpersischen Königsinschriften、文体論Stilistik Der Altpersischen Inschriften: Versuch Einer Annaherung(古ペルシア語は碑文形式のテクストのみが残っているために「文体論」Stilistikとなっている)が後にこれに代わった。

次は講義冒頭に言及された神話を除くシュメール語関連の文献である。シュメール文学集成K. Volk, Erzählungen aus dem Land Sumer――同著者によるシュメール語選集としてK. Volk, A Sumerian Readerがある――のほか、歴史関連テクストとしては、ウル第3王朝に関連する碑文を全て収録し、周辺的な情報をまとめたD. Frayne, Ur III Period (2112 – 2004 BC)や、ウル王の書簡を集めたP. Michalowski, The Correspondence of the Kings of Urが主要文献である。

シュメール語辞典としてはJ. A. Halloran, Sumerian Lexicon: A Dictionary Guide to the Ancient Sumerian Languageが登場し、文法書としてはまずM.-L. Thomsen, The Sumerian Language: An Introduction to Its History and Grammatical StructureD. O. Edzard, Sumerian Grammarの二冊が紹介されたが、しかしいずれもシュメール語が全てローマナイズされている点が惜しまれ、最も優れた一冊として推奨されたのは、碑文を読むことを通して文法を学ぶ硬派な文法書J. L. Hayes A Manual of Sumerian Grammar and Textsであった。

さて、ここで書架から引き出されたのはシュメール語の語源辞典S. Parpola, Etymological Dictionary of the Sumerian Language(2vols.)であった。記録が残っている言語の中で最も古いシュメール語の語源を辿るという、まさに究極の語源探究の書である。各項目では印欧祖語、セム祖語やウラル祖語などとの比較も行われており、ここまで至れば問題系は最大限に展開して、ユーラシア諸語の起源たる「ノストラティック大語族」Nostratic languages――無論これは仮説上の大語族であり、全ての研究者によってその存在が支持されているわけではない――の研究と紙一重の地点にまで来ていることになる。こうして講義の掉尾を飾ったのはA. Bomhard, Reconstructing Proto-Nostratic (2vols.)であったが、私がその頁の面を目にしたとき、この手に負えぬほど壮大な射程をもつ本はおのずから読まれるものになっており、そしてユーラシア大陸の言語全ての起源へと遡及する気の遠くなるほどの探究に、私は文字通り目が眩んだ。これは今回までの講義で各語族に対面してきた体験の蓄積の結果にほかならず、この眩暈は一つの大きな問題系が私の裡に適切に定位されたことを示していたように思われる。このノストラティック研究書は、それだけが単体で存在してもほとんど黙して語らぬ書であるが、原典研究所の膨大な蔵書と先生の卓抜な案内とによって、私に対して見事に〈繙かれ〉たのだった。

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