『原典黙示録』第99回(4/16) 講義録

『原典黙示録』第99回 講義録

田中大

今回の講義では多岐にわたるテーマが扱われた。

まず、前回扱いきれなかった楔形文字関連の文献がいくつか紹介された。シュメール・アッカド語関連としては、今日では古いものの著名なセム語学者と法制史家がハンムラビ法典を歴史学的、法学的な観点から分析した古典的研究書G. R. Driver & J. C. Miles(eds.), The Babylonian Laws(2vols.)(第1巻がコメンタリー、第2巻が音訳本文、翻訳、文献学的注釈、グロッサリー)、古代のメソポタミア、小アジアの法律文書を集成したM. T. Roth, Law collections from Mesopotamia and Asia Minor、シュメール学の権威による古代メソポタミア宗教思想に関する研究書T. Jacobsen, The Treasures of Darkness: A History of Mesopotamian Religionが登場し、ヒッタイト語関連の書籍として、ヒッタイト語辞典J. Tischler, Hethitisches Handwörterbuch、印欧祖語に由来するヒッタイト語単語の語源辞典A. Kloekhorst, Etymological Dictionary of the Hittite Inherited Lexicon、入門的なヒッタイト概説書O. R. Gurney, The Hittitesが登場した。

続いて、これまでの講義で論及されていなかったアルタイ語族のチュルク語派に話題が移る。最初に紹介された本は、語彙に関して一息でその全体像をつかむことができる一冊K. Oztopcu, Dictionary of Turkic Languagesであった。これはチュルク語派に属するアゼルバイジャン語、カザフ語、キルギス語、タタール語、トルコ語、トルクメン語、ウイグル語、ウズベク語の比較辞書である。項目は英語の単語で立てられており、それに対応するチュルク諸語の単語が併記されている。例えば“God”の項目には以下の単語が並んでいる。

アゼルバイジャン語:танры
カザフ語:құдай
キルギス語:кудай
タタール語:алла
トルコ語:Tanrı
トルクメン語:танры
ウイグル語:تەڭرى
ウズベク語:худо

ここで前回も登場したシュメール語語源辞典S. Parpola, Etymological Dictionary of the Sumerian Language(2vols.)が再び参照された。神を意味するdingir, diĝir, diner, dimmer, diburの項目には、印欧祖語、セム祖語など、諸語族の祖語の対応する単語が併記されているが、その中でチュルク祖語の対応語として掲載されていたのは*teŋriであった。これにより、この語に関しては、チュルク祖語はアゼルバイジャン語、トルコ語、トルクメン語、ウイグル語に近い形に再建されており、これらが比較的古形を保っているとみなされているということが理解できるのである――こうした語彙の近似性は同じくアルタイ語族に属するとされるモンゴル語派の言語との間にもみられ、上記の語と比較するならば、モンゴル語で「天/神」を表す語がТэнгэрであることもその実例の一つをなすことがわかる――。また、「神」を表す語が*teŋri系統でない他の四つの言語については、タタール語аллаがアラビア語الله (allah)と関連することは明白であるが、それに加えてカザフ語құдай、キルギス語кудай、ウズベク語худоはペルシア語خدا (khodā)と関連があるということが先生によって指摘された。

またこれらチュルク語派の研究に裨益する文献としては、モンゴル帝国時代やイスラーム期にモンゴル語やアラビア語の語彙が大量に流入する前の時代のトルコ語の語源辞典G. Clauson, An etymological dictionary of pre-thirteenth-century Turkish、7世紀から13世紀にかけての時期の碑文が残る古チュルク語の文法書M. Erdal, A Grammar of Old Turkicがある。そしてチュルク系民族が大きな役割を果たす中央アジア古代史を概説した研究書がD. Sinor(ed.), The Cambridge History of Early Inner Asiaである。ユーラシアという広い視野で世界を理解するためには、ヨーロッパ世界、中東世界、インド世界、東アジア世界などの大文化圏について個々に学ぶだけでなく、こうした研究にも十分精通せねばならない。モンゴルについては、Saγan Sečenによる『蒙古源流』原典E. Chiodo & K. Sagaster, Erdeni-yin tobči : a manuscript from Kentei Ayimaγが紹介された。

主にアルファベットを用いる言語についてひととおり概論がなされた後に、前回から今回にかけて楔形文字が取り上げられたのは、それらの文字体系の差異こそが言語史において決定的な問題だからである。シュメール語楔形文字は主に音節文字から成り、そしてこの文字体系を借用したアッカド語、ヒッタイト語もまた音節文字を中心とした楔形文字から成る――後述の議論に関わる点について予め付言しておけば、こうした最古の文字体系が基本的に音節文字によって構成されているということは、同様に音節文字であるデーヴァナーガリーを用いたサンスクリット語が印欧語族の中でもとりわけ古い形態を残しているという議論の根拠の一つとなっている――。時代が下ると、音素文字であるアルファベットが発明されるが、純粋に音節文字にのみ馴染んでいる人間には、音素というものを理解することはできない。音素文字の発明とは、母音と子音を区別するという発想が新たに生まれたということであり、人間の言語理解の歴史の特筆すべき画期をなすのである。基本的に音節文字として用いられた楔形文字の広まりがメソポタミア一帯のみにとどまったのに対して、アルファベットはユーラシア大陸各地に広まってゆき、また古ペルシア語、ウガリット語などのように、楔形文字自体も時代を降るにつれ音素文字として用いられるようになっていった。ゆえに、この文字体系の変遷こそ、言語史的な観点からユーラシアを理解する重要な足掛かりになるのである。最後にこうした一連の文字学的考察を終えた締めくくりとして登場したのは、碩学による様々な書記体系についての概説書D. Diringer, The Alphabet: A Key to the History of Mankind(2vols.)であった。

さらに、ここでこれまでの印欧語族概論とセム語族概論の中で論じ残されていた文献が言及された。まず北西セム語碑文の辞書J. Hoftijzer & K. Johgeling, Dictionary of the North-West Semitic Inscriptions(2vols.)である。これはヘブライ語、アラム語はもとより、フェニキア語、ポエニ語、アモン語、エドム語、デイル・アッラー語などの北西セム諸語の諸資料を読み解くための辞書であり、深いレベルで旧約聖書やセム諸語を研究するために必須の文献である。

そして最後に論じられたのは印欧語族の祖地をめぐる大問題である。これに関して参照されたのは、ギリシア人研究者Nicholas KazanasによるN. Kazanas, Vedic and Indo European StudiesN. Kazanas, Indo Aryan Orgins and Other Vedic Issues、そしてインド人研究者Shrikant G. TalageriによるS. G. Talageri, Rigveda and the Avesta: The Final Evidenceであった。Max Müller以来、この問題に関して西洋人は、黒海周辺、カフカス、小アジアなどを印欧語族の祖地とみなし、そこから方々に移動した印欧人の一派がインドに侵入し、ドラヴィダ系住民の上に君臨したというAryan Invasion Theoryを有力な説として主張してきた。上記の研究書は、これらの伝統的議論が実は根拠薄弱な臆説にすぎないということを様々な根拠を示しながら論じているのである。そして彼らは、インドこそが印欧語族の祖地であり、印欧人はそこから西進する形で各地に展開していったというOut of India Theoryを提唱する。この論争はまだまだ決着をみていないが、こうした研究を無視して通説に甘んじることがあってはならない。原典研究所のFair playの精神がここに現れている。

*      *      *

この長い旅も、いよいよ次回で最終回である。『プラハの墓地』を主題とするこの講義は、表面的には暫くその本文を離れていた。それは何となれば、この講義が常に『プラハの墓地』という枠組みを全世界に適用した実演であり、もう一つの『プラハの墓地』だからである。そして実のところ、こうした実演こそが、この〈テクスト〉を〈読解〉する唯一の方法なのであった。世界を理解するということは、地球を理解するということではない。それはとりもなおさず〈世界〉について〈読解〉するということである。〈読解〉という言葉を敢えて用いるのは、〈世界〉がまさに〈書物〉の中に在るからである。では〈書物〉とは何であるかと言えば、そこに〈神々〉が宿る〈記述〉、すなわち〈テクスト〉である。そして〈神々〉は〈記述〉によって誕生する。先述のシュメール語dingirは楔形文字では𒀭と書き表されるが、これはもとはと言えば単に「天」を表す記号でしかなかった。しかし、これを刻み付け、読み取り、また刻み付け……と、言語体験が積み重なってゆくにつれ、言語主体の中でその意味は揺らぎ、戯れ、やがて成熟していった。初めは特定の事物を指し示す記号を刻み付けるに過ぎなかった行為が神々を創造する熱烈な精神的営為へと変わり、まさにその時、記述者は〈記述者〉となる。そしてその〈記述〉に〈神〉が宿ることで、素朴なアニミズムの時代は終わってゆく。古今東西におけるこの〈記述者〉の誕生のありようを、メタ的に把握するのが〈記述論〉である。ゆえに〈記述論者〉とは汎神論的実存主義者に他ならない――そして最後に言及されたのが原典所蔵の最初のデンマーク語版『キェルケゴール全集』(全15巻)であった――。こうした〈記述論者〉のなす講義の宿命として、この『原典黙示録』は『原典世界史概説』に引き続いて、様々な神々とまみえることとなった。このような営みの上に成立するがゆえに、この講義で発された言葉は世界の、そして未来の単なる祖述ではあり得ない。先生曰く、この講義は予言書ではない、〈黙示録〉なのだ、と。

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