中垣太良
今回は、前回の講読範囲について、わたしが講義録で発した疑問に答えつつ再読が行われた。
([3]後半部) perché basta solo non preterire l’ordine de’ sua antinati e di poi temporeggiare con gli accidenti; in modo che, se tale principe è di ordinaria industria, sempre si manterrà nel suo stato se non è una estraordinaria et eccessiva forza che ne lo privi: e privato che ne fia, quantunque di sinistro abbi l’occupatore, lo riacquista.
([3]後半部) なぜなら、先祖の築いた秩序を放棄せず、そして事件に際して、臨機応変に対処するだけで足りるからである。そうしたやり方により、もしこのような(世襲の)君主が普通の勤勉さを持っていれば、君主からその地位を奪おうとする、並外れて手に余る力が出現しないかぎり、彼は自身の君位に常にとどまることであろう。そして、たとえ君位を奪われたとして、簒奪者がいかほどにせよ不幸に遭えば、その君位を取り戻すことができるのである。(拙訳、太字は前回からの改訂)
まず、“se non è una estraordinaria et eccessiva forza”について。形式上は二つの形容詞が並列され名詞forza「力」を修飾しているが、意味的には両形容詞が合わさって一つの概念を表出しているというのに近い。estraordinario「並外れている」つまり「尋常ではない」という語とeccessiva「過度/極端である」つまり「普通の範囲から外れている」という類義語をあえて複合させることにより、累代の君主の血筋により保たれた安定した秩序をも破壊しうるような想定外に強力な力、というイメージが膨らむのである。このように等位接続詞によって並列された二語により、ある一つの概念を表そうとするレトリックを「二語一想」や「二詞一意」(羅Hendyadis、希ἓν διὰ δυοῖν)と呼ぶ。そして、こうした想定外の力は、君主の血筋による秩序の範囲外から侵入してくるものであるから、述語のè(<essere)をたんに「存在する」と訳すのは文脈にそぐわない。「出現する」とすべきである。
次に“privato che ne fia”について。これはやや古風な語順ではあるが、“Hard as they tried, they failed.”や“Tired though he was, he worked hard.”といった英語の構文を想起すればわかりやすい。倒置によって譲歩の接続詞が文頭からずれた位置に来ることは珍しいことではないのである。
最後に、“quantunque”について。これは「…するたびごとに」という意で解すよりも、同様の語構成を持つラテン語“quantuscumque”「どれほど大きくとも(小さくとも);どれほどの量・程度にせよ」とほぼ同義に用いられているーー量・程度についての譲歩を表すのは、語根quant-<quanto「量」(<羅quantum)を見ればすぐわかるーーと考えるのが妥当だろう。
以上のような文法的解釈は読解に必要不可欠であり、原典流の読みはそれを決してゆるがせにはしない。しかしそれは正確な<読解>のための十分条件ではない。音韻論、形態論、統語論といった言語学的次元での分析は、あくまでそれが<読解>へ向けられるよう明瞭に意識されてはじめて意義を持ち、縹渺とした<問題系>と接続する契機となりうるーー音韻論の<読解>への適用の試みが『「バルタザール」考』であったと先生はかつて語ったーー。また、テクストの注釈とは<間テクスト系>としての言語世界を押し広げるものであるはずーーいや、そのようでなければならない。さもなくば、わたしたちは<テクスト>に<記述の内部>という枷を自ら嵌めてしまう。それは、<想像力>の跳躍と飛翔の可能性ーー<記述者>としての可能性ーーを閉じているに等しい。これは自戒でもある。
さて、講読に入る前、先生は平井啓之・湯浅博雄・中地義和訳『ランボー全詩集』(青土社)とArthur Rimbard-Poésis Complétes(若草書房)ーーこちらはなんと、敗戦後の物資不足のなか、1948年に東京で出版されたという!ーーを披露した。ここで問題となったのは『イリュミナシオン』(“Illuminations”)の「大洪水の後で」(“Après le Déluge”)である。以下、両書から冒頭の原文と訳を引用する。
Aussitôt que l’idée du Déluge se fut rassise,
Un lièvre s’arrêta dans les sainfoins et les clochettes mouvantes et dit sa prière à l’arc-en-ciel à travers la toile de l’araignée.
大洪水の記憶が落ち着いてからまもなく。
一匹の野うさぎが、イワオウギと風に揺れる釣鐘草のなかに立ち止まり、蜘蛛の巣を透かして虹に祈りをあげた。[中地義和訳]
この詩は、ノアの洪水伝説を下敷きにして書かれたと解されるのが通説である。しかし先生は指摘する。これはパリ・コミューン崩壊後の光景を描いているのであろう、と! パリ・コミューンは1871年3月に成立し5月に崩壊、いっぽう『イリュミナシオン』が発表されたのは1886年5月であるから、時期的にも符合する。ここで、自然と『プラハの墓地』が描写するコミューン下での日々が思い起こされる。そればかりか、コミューン崩壊後を描いた詩を含むランボーの全詩集が、ちょうど日本の戦後混乱期に出版されたという関係性は、わたしに不思議な心象風景を残した。
無造作に行われる注釈は、それを感受する者を素通りするだけである。読む者、聞く者の<言語体験>として現れてはじめて注釈は<注釈>といえる。そこには必ず、もはやただの感受者を超え、「書こう」と決意した未来の<記述者>の瞳がほの光る。