〈原典世界史講義〉に寄せて ——〈世界学方法序説〉としての〈世界史講義〉

〈原典世界史講義〉に寄せて——〈世界学方法序説〉としての〈世界史講義〉

田中 大

3年間に渉り開講された〈原典世界史講義〉に、私はおよそ2年ほど出席した。残念ながらその序盤と終盤の〈講義〉に参加することは叶わなかったものの、そのあまりにも壮大な〈探究〉の過程を垣間見ることができたのは幸甚であった。印象深い講義の数々の記憶は、それ自体が貴重な〈体験〉として私の裡に刻まれていたのだが、過日お渡し頂いた先生の〈テクスト〉(『過去・現在・未来の原典生諸君へ!』)はこうした〈体験〉に改めて〈意味の経験の成熟〉を生じせしめた。そこで、私はこの〈講義〉の記憶を辿りながら、私の〈成熟〉を〈記述〉することをもって、先生の一大〈探究〉への、そして上述の先生の〈テクスト〉への、私からのささやかな〈応答〉とさせて頂くべく、筆を執った次第である。

〈世界史講義〉は、2015年8月、古代シュメール講義に始まったのだが、私がこの〈航海〉に同行し始めたのはそれが古代エジプト講義へと移り変わるとき、2016年1月のことであった。最初は訳も分からぬまま、机を埋め尽くす浩瀚な書物に圧倒されるばかりであった。それでもこの〈講義〉に参加し続けたのは、今思えばそこで重大なことが論じられているという〈予感〉があったからだった。「君たちはここに来ているだけで偉い」と先生はよく言われた。たとえ訳が分からずとも、その場に居合わせるということが決定的に重要だったのだ。私が見た大量の書物はみな、名立たる天才たちが途方もない時間を費やし、壮絶な努力と執念によって完成させた本であった。そうした書物には表情があり、血が通っている。私はいつしかそれを肌で感じるようになっていた。これはまぎれもない、現実であった。私が授業に実際に参加することで得たのは切り出された情報ではなく、このような一つの〈体験〉であった。情報とは〈体験〉ではなく、せいぜい「〈体験〉のそれらしいパロディ」にしかなり得ないものである。付け加えておけば、こうした「〈体験〉なきパロディの戯れ」の増殖する情報時代の思想こそ、「脱構築deconstruction」という概念装置(操作子)を携えた思想群だろう。それらはこうしたパロディを敢えて肯定し、パロディの海に於いて全てを融解させる。その先に待ち受けているのはニヒリズム以外の何であろうか!しかし、〈記述論〉はあくまで〈体験〉を志向するために、その営みがニヒリズムで終わることはない。またそうした志向ゆえに、〈記述論〉は必然的に古代へと遡っていったのだ。

〈講義〉の舞台に登場した書物は、読み解かれるべき〈テクスト〉を中心に広げられ、そうした〈テクスト〉を、ひいては〈テクスト〉たる〈世界〉を〈読解〉するために用いられた。それらを頼りに、文献学的な厳密さを決して損なうことなく、聖典をはじめとする〈テクスト〉を解剖し、その〈仕掛け〉を明らかにすることが、この〈講義〉の核であった。〈記述論〉が行うのはこのような「非聖典化decanonization」なのである。こうして先生が〈テクスト〉を読み解く手つきは実に鮮やかであった。授業では常に〈テクスト〉にとって決定的な一文が問題とされ、それが検討される中で、その〈仕掛け〉が解き明かされた。〈テクスト〉を隅から隅まで論じることは無用なのであった。

しかしながら、世界史の講義でなぜ聖典を読むのか。それは〈世界史〉の何たるかを理解すれば自ずと分かる。〈世界史〉とはむろん事実の羅列ではないし、また事実の羅列に因果性のカテゴリーを適用して得られる物語でもない。それらはすべて「地上」で出来することであり、「地下」で蠢いていたものが噴出した「結果」なのである。こうした事柄をそのまま百科全書的に記述するだけでは、単なる詳細な「世界昔話」になってしまう。それらに拘泥すれば、〈記述の恣意性〉によって生じて来ざるを得ない「無数の仮説」としての「歴史=物語」の混沌に迷い込むことになる。またこうした「歴史=物語」はある程度興味を引くものではあっても、それ自体が現代に生きる我々の問題として迫ってくることはほとんどない。〈世界史講義〉はそういった物語を単に描き出すような試みではなくて、「地下」における〈蠢き〉を、何よりその〈起源〉としての〈神の一突き〉を、『記述者の誕生』、『神々は記述に宿る』という二つの〈問題意識〉の下に〈追体験〉せしめる〈探究〉であった。聖典をはじめとする〈テクスト〉はそのための狭き突破口にほかならなかったのである。

そして先生がたびたび強調されていたように、この〈講義〉は〈方法序説〉であった、すなわち、〈方法論〉であり、〈序論〉であった。「方法論」は「序論」でなければならないし、「序論」は「方法論」でなければならない。何となれば我々は有限な存在であるのだから。またむろん、そうした有限な存在である我々は世界自体について知ることはできない。しかし、〈記述論〉はこのような不可知論に屈しない。〈言語主体〉たる人間は〈テクスト〉として〈世界〉を切り開くのである。〈記述論〉はまさしくこの次元——〈言/事〉”こと” の次元——に於いて〈世界〉を捉えることで、それを読み解くことを可能にする。〈世界史講義〉では世界の森羅万象が論じられることはなかったが、紛れもなくこうした観点から〈世界〉を理解するための〈座標系〉を与えるものであった。以上で述べたように、個々の〈テクスト〉についても、〈世界史〉そのものについても、その全てを喋々と論じることを必要としなかった〈世界史講義〉における先生の〈身振り〉は、この〈講義〉が〈方法序説〉であったということを体現していた。

私は今や〈講義〉で学び得たことを確実に理解してゆくに違いないという新たな〈予感〉を手にしている。先生の直近の〈テクスト〉によって私が得たのはこの〈予感〉であった。以上は私の〈成熟〉の〈記述〉であるがゆえに、必然的にそうした〈予感の端緒〉となったのである。そしてこの〈成熟〉はもちろんこれで終わったわけではない。私が生き、〈世界〉へと臨み続ける限り続くだろう。私は〈世界〉に臨むための〈方法序説〉を得、また生まれ変わって〈世界〉に臨み始める。〈記述論〉の一つの集大成たる〈世界史講義〉は、〈世界〉に於いて/対して実存する〈私〉にとっての〈神の一突き〉であった。

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