〈戦後レジーム〉へのある記述論的〈試論〉

〈戦後レジーム〉へのある〈記述論的〉試論 田中大
〈記述論〉とはイデオロギーの〈解剖学〉であり、そうであるがゆえに〈戦後レジーム〉という[われわれのうちの誰もが向き合わざるを得ない]〈制度〉を〈正確に〉分析するための〈枠組み〉となる。私の試論はただ以下の一節に向けられている。

〈記述のレベル〉◆【De societate〈社会〉について】に立って戦後日本が記述される際、つねにそれと分かちがたく〈記述のレベル〉◆【De civili〈市民的なるもの〉について】がない交ぜにされることの、唾棄すべき「虚構」性(『記述論の夕べに寄せて』p.20)

[本稿は、ここに端的に示される洞察への注釈であり、またそのために〈記述論〉への注釈――〈記述論〉が果たす〈説明責任accountability 〉に対して私が〈応答責任responsibility 〉を果たすための――でもある。そのような導きの糸を辿りながら〈書く〉ことによって、一介の哲学徒たらんとする私が、戦後日本の〈言論空間〉に対する考察を、〈正確に〉なしうると信ずる。そしてまた私は、こうして〈書かれた〉この拙い試論が私の新たなる〈端緒〉となることを期する。]
「市民」という概念は、戦後日本において[不当に]理想化されてきたが、これは本来ヨーロッパの歴史に深く根を張っている〈欧州文化的概念〉である。市民とは共同体や国家と結びつき、それによって支えられて初めて成立するものであった。しかし、戦後日本の〈言論空間〉においては、この〈欧州文化的概念〉は、〈無国籍的文明的概念〉へと抽象化された。これは〈記述のレベル〉の〈階層性〉を無視し、ある〈欧州文化的概念〉によって一元的に〈社会〉を語るということに他ならない。この〈欧州文化的概念〉が普遍的概念として捉えられ、それが日本においても「実現されるべき」ものとして論じられてきたということが、冒頭の引用において述べられている一節の示すところであり、これがまさしく〈戦後レジーム〉という〈制度〉の象徴的側面を為す一つのイデオロギーが生じた消息であるといえよう。
戦後日本においては、このイデオロギー化の過程において、「市民」という概念は本来それと結びついているはずの共同体や国家と切り離され、無色透明な無個性的「個」という抽象体となった。このようなイデオロギーにおいては、この抽象体こそが人間の本質であるとみなされ、母語、性、民族、といった要素は、本質に外在的に付帯する属性として等閑視される。ここにおいてすべての「個」を平等なものとみなす地平が発明された。しかしこれは倒錯した見方である。[例えば「地球市民」といった空虚な[矛盾]概念は、このような一連の言論の〈記述のレベル〉への無頓着さを示していると言えるだろう。]われわれは〈世界〉において、大地に足をつけて生きる一人の生活者なのである。「個」と化した人間にはもはや大地に根差した〈原体験〉が訪れることはなく、彼らが〈他者〉に出会うことはない。したがってそこに〈倫理〉が生じる余地はない。それゆえ、このような倒錯したイデオロギーに没入した人間の実存のうちには、大きな空隙が生じることになる。それを埋めたものは、彼らの肥大化した自意識であった。彼らの自意識は己の普遍化を求め、それはさらなるイデオロギーとなって彼らを絡めとる。このようなイデオロギーもまた、〈戦後レジーム〉という〈制度〉を構成し、その限りない〈自己再制度化〉の原動力の一つとなったのだ。このような事態はイデオロギー化された「市民」概念が必然的もたらすものであった。こうしたイデオロギーによる〈制度〉と化した戦後日本の〈言論空間〉はもはやそれ自体に言葉を語り返すことを許さない。そこで記述する者たちは〈他者〉に出会わず、そこに〈対話〉は成立しない。そこいたのは意識家たちだけであった。
ここにおいて窒息した〈言語的主体〉たる実存に、「言葉による経験の〈実〉」をもたらし、息を吹き返させるものこそ、〈記述論〉なのである。イデオロギーはその内部において絶対的な善悪を規定する。イデオロギストの愛は憎しみと表裏のものとしてしか成立せず、彼らの愛は憎しみの反対概念でしかないのである。〈記述論〉はあらゆるイデオロギーと距離を保つ。そうであるがゆえに〈記述論〉は端的な〈言葉〉であり端的な〈愛〉である。ここに、〈戦後レジーム〉という〈制度〉に直面して生きるわれわれが〈端緒〉とすべき出発点がある。

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