『原典黙示録』第3回 講義録
田中大
『プラハの墓地』というテクストは、その語りの表面だけを眺めるならば、単にある人物の書いた「手記」を提示するという体裁をとっているように見える。しかし、少しでも注意深くこのテクストを読んでみればすぐにわかるように、このテクストの構造はそれほど単純なものではない。記述論的な考察により、このテクストの性質とその語りの構造を明らかにし、それを〈読解〉するための指針を示していくということが、今回の講義の要であった。
本テクスト第1章においてなされる導入の語りが終わり、第2章に読み進んだ読者が直面するのは、自分自身についての記憶を失い、それを探ろうとする書き手によって書かれた手記である。しかし、手記とは何者かが自分の現実の体験やそれについての所感を単に記述するものである――ゆえにそれは一読すれば誰にでも簡単に理解することができる――から、それはある書き手の名の下において書かれることによってはじめて意味をもつのである。つまり、手記とは必ず「誰かの手記」でなければならない。
したがって、作者が誰であるのか不明であるところのこのテクストは、もはや「手記」manuscriptと呼ばれるべきものではないということになる。実際、手記を読むように読んだところでこのテクストを読み解くことは到底できない。そうであるならばこのテクストは一体何であるのか。これは〈写本〉manuscriptなのである。このテクストは記述論的に〈写本〉化しているのだ。
では、「記述論的〈写本〉化」とはどのような事態であるのか。『記述論の夕べに寄せて』において引用されているMes Poisonsの一節の翻訳には、以下のような但し書きが附されている。
Sainte-Beuveの〈手記〉Mes Poisonsの記述論的〈写本〉化による(p.23)
現実に流通しているMes Poisonsのテクストは純粋な原文ではなく、それを編集者が校訂出版したものであるが、それを記述論的に〈写本〉の状態にまで初期化し、それに〈校訂〉を施したうえで〈翻訳〉しているということである。このような〈翻訳〉は、「厳密さ」の観点からすれば誤訳であるが――しかしそもそもこのような「厳密さ」において完璧を期することは不可能である――、記述論的には〈正確さ〉を具えている正しい〈意訳〉である。
そして、このような「〈写本〉化」は実は〈テクスト〉の〈読解〉にとって不可欠なものである、否、それどころか〈テクスト〉の〈正確な〉〈読解〉によって初めて〈校訂〉が可能になり、〈テクスト〉の〈正確な〉〈校訂〉によって初めて〈読解〉が可能になるのであるから、〈テクスト〉を〈読解〉するということとそれを〈校訂〉するということは本来一体のものでなければなるまい。[このように〈読解〉することは、自ら探究することなく学術的〈制度〉の下で〈記述者〉に追随するだけの者には決してできぬことであって――同じく『記述論の夕べに寄せて』に引用されているTomas A Kempisの言葉が思い出されよう……“Utinam vita eorum scientiae ipsorum concordasset: tunc bene studuissent et legissent.”――、原典のみを対象とし続けてきた原典研究所の精神がまさにここに顕現している。]こうした〈読解〉を通して初めて、われわれは〈書き手〉と出会うことができるのである。『プラハの墓地』において提示されているこの〈手記=写本〉の書き手は存在しないが、しかしその〈書き手〉は存在するのであり、そしてこの〈書き手〉は現実に流通した偽書『シオンの議定書』の〈書き手〉でもあるのだ。
そしてまたこのテクストは、〈書き手〉によって書かれた〈手記=写本〉と、それを見ている語り手の語りという構造をなしている。このような立体的かつ重層的な構造において語ることで、物語は自ずから動き出すことになる。もし単なる「手記の提示」という仕方で『シオンの議定書』について記述したのならば、そのテクストはどのように書かれたとしても、「ユダヤ主義/反ユダヤ主義のいずれに与するのか」ということが常に問題とされ続ける次元から抜け出すことができない。エーコは以上において示したように記述論的に語ることを以て――記号論者であった彼は晩年に著したこの作品において記述論的転換を果たし、完全に記述論者となっていた――こうした次元から常に〈自由〉でありながら『シオンの議定書』というテクストとそれを取り巻く〈事態〉についていかなる歴史の[記号論的]祖述よりも〈正確に〉〈記述〉することを得、またそれによってこの物語の終わる1897年より以後に起きた悲劇の数々を暗示する黙示録的世界を描き出すことに成功した。
彼はテクストの主題を巧妙に隠している。読者はエピソードの真贋を見極めながら、以上のような仕掛けを丹念に解き明かしてゆかねばならない――『薔薇の名前』冒頭においてAdsoが述べていたように……“dobbiamo compitarne i fedeli segnacoli”――。しかし、続く講義の中でその全ては明らかにされていくに違いない、《記述論》の前に秘密はないのだから。