『原典黙示録』第4回 講義録
田中大
今回の講義では、まず「黙示録とは何か?」という〈問い〉が提示された。「黙示録」の原語はἈποκάλυψιςである。これは、ἀποκαλύπτω(uncover)[=ἀπο(away from)+καλύπτω(cover)]という動詞から派生した名詞である。英語ではRevelationと訳されるが、これは「危機的状況を前にして、隠されていたことが明らかにされること」である。この〈問い〉に導かれながら、「黙示文学」に分類される『ダニエル書』や『ヨハネの黙示録』、また後者が引用されているボリス・サヴィンコフの小説『蒼ざめた馬』――本書を参照することを通して、やがて革命へと至る19世紀半ばから20世紀初頭にかけてのロシアの時代状況にも論及がなされた――といった一連の書物が〈渉猟〉されたのであった。
『ダニエル書』といえば、『「バルタザール」考』において〈考証〉がなされた〈人名〉“BALTHAZAR”の登場する書物である。『プラハの墓地』は「『議定書』を書いたのは誰か?」という〈問い〉をめぐる〈メタ・ノン・フィクション〉であるが、『「バルタザール」考』も「“BALTHAZAR”とは誰か?」という〈問い〉をめぐる〈考証〉であった。しかし注意せねばならぬのは、この両者に共通する記述論的な〈誰〉の〈問い〉は、単に「誰」の情報を尋ねるだけの問いではないということである。このような問いに対しては、端的に答えを述べれば必要十分なのである。「『議定書』を書いたのは誰か?」という問いには「ゴロヴィンスキー」と答え、「“BALTHAZAR”とは誰か?」という問いには、「『ダニエル書』の主人公ベルテシャツァル(=ダニエル)」、「バビロニア王ベルシャツァル」、「ケルン三王の一人バルタザール」、…と列挙し、そこに彼らのプロフィールでも付け加えればそれでよい。しかしそれならば、『プラハの墓地』も『「バルタザール」考』も書かれる必要はなかったはずである。ではなぜこれらは書かれねばならなかったのか。これらの〈テクスト〉の目的は先に示したそれぞれの〈問い〉に導かれて一つの〈問題系〉を展開してみせることにあるからだ。
このようにして『議定書』の作者をめぐる恐るべき〈問題系〉が展開されるエーコの小説には、終末論的な空気が漂っているのだが、今回の講義で指摘された重要な点は、こうした作品が生み出された淵源にはエーコ自身の〈原体験〉がある、ということである。彼の若き日を過ごした時代のイタリアの言論空間は、そこから〈自由〉である者にとっては無価値なイデオロギーに席巻されていた。こうした状況は、記述論の誕生前夜の状況と重なる。記号論者であったエーコが最終的に記述論者へと転向したことは前回の講義録でも述べたとおりだが、それはこのような〈原体験〉によって予め運命づけられていたものなのではあるまいか……。
記号論者であったエーコは、『薔薇の名前』においては記号論的な引用を随所に鏤め、知的な戯れを行っていたが、むろんこれは記述論的には意味がない。[私が前回の講義録の中で不用意にも行ってしまった引用――”dobbiamo compitarne i fedeli segnacoli”……これは記号論的な営みを言うのだから、この引用自体が記述論的には〈不正確な〉記号論的置換に過ぎない――も、まさしくこれに類するのであった!]しかし、記述論者へと転向した彼の著した『プラハの墓地』にはそのような野放図な引用はみられない。そうであるがゆえに、この作品は記述論的にその〈表象的意義〉を丁寧に読み解いてゆかねばならない。こうして『プラハの墓地』を記述論的に〈読解〉したものが、記述論的〈黙示録〉である。この講義において本作に付けられる〈註釈〉こそが〈黙示録〉なのであり、『原典黙示録』は「原典が〈黙示する〉」ということだ。では誰にとっての〈黙示録〉なのか。これは――この講義の中で明かされつつあるように――、紛れもなく現代の日本に生きるわれわれにとっての〈黙示録〉なのである。これを――時代も場所も隔たった遠い世界の問題としてではなく――われわれ自身の切実な〈問題〉として受け止めることができるかどうかは、ひとえにわれわれ自身の〈意識〉に懸かっている。