『原典黙示録』第5回 講義録
田中大
今回の講義の主題は「秘密結社」、そして「イエズス会」であった。これらについて論じるにあたっては、J・ブラック『秘密結社版 世界の歴史』――先生も指摘していたとおり、秘密結社の歴史など本来明らかにされるはずはないのだが!――やW・バンガード『イエズス会の歴史』といった書物が〈参照〉されたが、「小説」を読解するためにこのような「歴史書」が〈参照〉されるという点が重要である。
イエズス会とは、先生が端的に指摘するところによれば、「ブルボン朝の王権神授説を支えるイデオロギー集団」である。ゆえに、彼らはフランス革命の際には弾圧されることとなった。このフランス革命の最中、1797年から1798年にかけて、イエズス会のアベ・バリュエルという神父が『ジャコバン主義の歴史のための覚書』という書物を出版した。これは、フランス革命がいかにして起こされたのかを明らかにする陰謀論を披歴したものであるが、ごく簡潔にまとめると次のような内容である。始まりはテンプル騎士団の時代に遡る。1314年、団長ジャック・ド・モレーをはじめとする多数の騎士団員がフランス国王によって火刑に処せられると、騎士団の残党はフランス国王への復讐を目論んで秘密結社を組織した。やがて彼らはジャコバン党を結成するが、これがバイエルン啓明結社に買収され、フランス革命を起こしてルイ16世を処刑することになる……。
そしてこの陰謀論を唱えたバリュエル神父の元に、1802年、シモニーニと名乗る男から書簡が届く。『プラハの墓地』という物語は、ここから始まっているのだ。シモニーニはその書簡の中で、バリュエル神父の明かした陰謀の裏には、ユダヤ人が暗躍していることを指摘した。ここにおいて、バリュエル神父の描いた中世以来の壮大な陰謀が、ユダヤ人と結び付けられることになる。エーコが本作においてこのシモニーニなる人物に焦点を当てたのも首肯できよう。そして彼はその反ユダヤ主義者シモニーニの孫であるシモーネ・シモニーニなる虚構の人物――孫という設定は、1802年の書簡の作者シモニーニと、20世紀前半に流通した『議定書』の作者という二人の人物を結びつけるために必要とされたということも講義の中で指摘された――が、敬愛する祖父の精神を受け継いで、『議定書』を書き上げた経緯を本作において描き出している。
本作は史実の広く詳細な考証に基づいたうえで――ゆえに読者の側もそれだけの史実を知っていることが前提とされる――そこに物語を物語たらしめるための虚構が織り交ぜられている。事実を羅列するだけではそれは死んだ年表と相違ないのであって、そこに物語はない。物語が生きた物語として自ずから動き出すのは、まさに〈虚実皮膜〉の間隙においてなのである。
秘密は陰謀のためにあり、陰謀は秘密を必要とする。この絡み合いとそれが織りなす〈事態〉は、この物語とその〈註釈〉であるところのこの講義において次第に明らかにされていくことになるだろう。
しかしながら――デカルトが薔薇十字団に与していたはずはないと先生が断言したように――、こうした秘密にも陰謀にも、〈記述論〉は一切与することはないと私は断言することができる。『原典黙示録』において先生がこうしたことについて論じるのは、それらを解剖し、そのような暗がりから解き放たれるためである。しかし〈記述論〉は、われわれを単に洞窟から連れ出すというだけの生易しいものではなくて、そもそも洞窟などなかったとわれわれに知らしめるものである。それはつまり、なぜひとは洞窟があると錯覚してしまうのかということを知らしめることと表裏一体である。そしてわれわれはこうしたことを知らねばならないのだ、端的に〈自由〉に生きるために。