『原典黙示録』第14回(6/27) 講義録

『原典黙示録』第14回 講義録

田中大

今回の講義では最初に、東方ユダヤ人と言われる人々が、ディアスポラ後に一体どのような経路を辿って東欧に行き着いたのか、ということが問われた。この問いに答えるにあたっては、まずErwin R. Goodenough, Jewish Symbolsが参照された。本書にはユダヤ人のシナゴーグがドゥラ・エウロポスにおいて発掘されたことが示されている。これはこの地にユダヤ人がいたという考古学的証拠を示すものである。とすればドゥラ・エウロポスの北にはコーカサスがあるのだから、ユダヤ人はコーカサスを通過してから西方へ移動し、東欧に移住したのであろうか。しかし、コーカサスには峻嶮な山脈が横切っている。したがってこの地を通るにはカスピ海沿岸の細い平地を行くしかないが、ここを通れば格好の襲撃対象となるから、通行には大変な危険が伴う。現在世界に一千万人以上いるアシュケナジムの祖先が、皆ここを通って渡ってきたということは考えにくい。

ここで鍵となるのが19世紀末に発見されたカイロ・ゲニザである――この最重要の文書についてはPaul Kahle, Cairo Genizahが参看された――。ユダヤ人は神の名を記した神聖なテクストを処分せずに保管しておくのであるが、こうした文書が大量にカイロのシナゴーグに保管されたまま残っていたのである。そこには最も古いもので10世紀の文書が残存していた。この文書の中にハザールのユダヤ教徒との通信の記録が見つかったのである。ハザールとは、7世紀から10世紀頃にかけてカフカスの北に存在していたトルコ系民族の国である。この国は中央アジアのイスラーム勢力、黒海周辺のギリシア正教勢力、東欧のカトリック勢力に囲まれており、それらに対抗するために9世紀にユダヤ教に改宗したと言われる。このことから、東方ユダヤ人の起源はハザールの人々であるという説が提唱されている。この問題の重要性については今後の講義で明らかになっていくことだろう。

他方、南欧に行き着いたセファルディムによって、スペインは新たなユダヤ文化の中心地となった。その中で、ユダヤ哲学やカバラー思想が発展していったのである。カバラーとはタルムードの思想を図式化して構築されていったユダヤ神秘思想の体系であり、その中心をなすのがトーラー注解書のゾーハルである――講義ではH・スパーリング、M・シモンによるゾーハルの完全な英訳The Zohar全5巻が登場した――。ゾーハルは13世紀末ごろに著されたと言われるが、書物として印刷されたのは16世紀のイタリアにおいてである。そしてこのユダヤのカバラー思想をキリスト教に応用したのがクリスチャン・カバラーであり、こうした神秘思想は、ルネサンス期以降の西洋魔術理論、錬金術理論に影響を与えていくことになる。

『フーコーの振り子』Il pendolo di Foucault冒頭には、16世紀のカバラー思想を牽引したカバリストであるラビ・イツハク・ルリアの文章が引用されていることからも、彼がこうした問題に半生を賭して取り組んでいたということが伺える。そして今回までの講義で明らかにされた近代以前の放浪中のユダヤ人を支えた精神的な遺産と、現代において噴出してしまったユダヤ人に関する問題とを繋ぐ結節点を示すのが、『プラハの墓地』という作品であり、その結節点に焦点を合わせて〈世界〉を見るための鍵となるのが、前回の講義で先生が示した “agenda” という概念である。

次回以降は改めて『プラハの墓地』本文に入っていく。以上のようなユダヤ教の世界を通覧した上で改めて〈読む〉という体験は、また新たな〈意味の経験の成熟〉を生じせしめるであろう。

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